剣技


「廊下を走り回るのはあまり関心しませんねぇ。」
 早足程度のつもりだったが、焦る気持ちを抑えられずにいたのだろう。ガイ顔を赤くしながら、すみませんと頭を下げた。
 いえいえと不気味な笑顔が応じる。
「ああ、そんな事より、旦那。ルークを見掛けなかったか?」
「ルーク?見ましたよ。」 
「何処で!?」
 掴みかからんばかりの勢いで問いかけると、にっこり微笑む。
「陛下の部屋で。」
「そのルークじゃなくて!」
 叫び出そうとしたガイの口をジェイドの手が制した。人差し指を唇に当ててシッと言うと、聞き耳を立てる。
「何か、聞こえませんか…?」
「いや、何も…。」
 怪訝な表情で見返すと、眉を潜める。目眼の奥の目が笑う。
「おかしいですね。此処は、毎晩女性のすすり泣く声が…。」
ひいぃっ!?と跳びすさったガイの姿を眺めてからこう付け加えた。
「聞こえると楽しそうだな〜と思っている場所なんですけどね。」
「!!!!!」
 完全に玩ばれていることを知って、ガイはがっくりと肩を落とした。
この親父はルークの居場所など知らないのだろう、このまま此処にいると、完全におもちゃにされてしまう。
「…ルークが迷子みたいなんだ。見掛けたら教えてくれ…。」
 細々とした声で告げ、他の場所を見に向かおうとしたガイの肩を、ジェイドの手が再びがっしりと掴んだ。
 『えぇっ?』と心の中で半泣きになりながら嫌々振り返ると、薄気味悪いほどの笑みを浮かべたジェイドの顔。ガイの背中に冷たいものが流れ落ちる。
「ガイ〜。何か聞こえませんか〜?」
「旦那ぁ〜。」
 勘弁してくださいよ〜と、口に出しかけたガイは金属が触れ合う微かな音に気が付いた。
「…これって…?」
「どうやら、中庭の方のようですね。」
 ジェイドは後ろに手を組み、首だけそちらへ向けた。


『見たい、行きたい、参加したい』…と、この男は言っていたんだ。
 ルークはそう思い出していた。
 別に目の前の皇帝が贅弱な相手だなどと思っていたわけではなかった。ナタリアにしたところで、武術を身に付け戦場へ赴いている。自分も含め、王族といえども武術は必要不可欠だ。鍛錬していて当たり前。
 それでも、実戦を戦い抜いている自分の腕に多少なりとも自信はあったし、剣を交えているのは、ずっと城の中でぶうさぎを愛でているような相手。
…そう思ってはいたのだが…。
 ピオニーは、片手で持った長剣を振り下ろしたままの状態で笑みを浮かべながらルークを見ている。
 剣は彼の身長よりも僅かに短いだろうか?恐らくそんな得物は扱いにくく、馴れていなければ、重さと大きさで自分が振り回されてしまうに違いない。それが、目の前の男の技量を感じさせた。

 その剣先がすっと上がり、自分の正面に向けられる。
『来い』と相手の剣が言っていた。ルークは自分の剣を握りしめる。相手の反射しづらい場所へと周り込んだ。


content/ next