voice is delivered


 既に、端が灼けている紙。
私はこれを何度読み返した事だろう。ディストは、ぼんやりとそう思った。

 内容はくだらない。
 ブウサギがどうしただの、昨日喰った料理が旨かっただの、だから一体何なんですかと聞き返したくなる馬鹿っぷり。
 今、問い掛ける事が敵うのならば、そう言いたかった。

『じゃあ、達者で暮らせ。ジェイドと仲良くな。』

 少しも乱れていない筆法が立派過ぎて、涙が零れる。この数時間後に、この男が殺されたなど一体誰が思うだろう。
 カサカサに乾いた茶色の滲みが、その証。

 誰よりも温かかった手も、柔らかな笑顔もこのオールドランドから失われて久しい。それと引き換えに、キムラスカは未曾有宇の繁栄とやらを手に入れていた。
 それが、疎ましいとは思わない。唯の事実で、なんの意味も持たない出来事。
 案外、世界の滅亡をその目で見ることがなかったあの男は、幸福だったのかもしれないとさえ思う。多くの民が命を落としていくのを安穏と見守っていける人間ではなかった。皇帝などと呼ばれるには、余りにも不向きな優しい男だった。

 ギシリと、ロッキングチェアが揺れる。窓に広がるのは海。彼の色をしたそれは、あの頃と変わらずに其処にある。

   ぽたぽたと私の眼から零れる水も、同じ成分。

 どうして気が付かなかったんでしょう。私もジェイドも望むべくもなく貴方を内包していた事に。だから、こんなにも胸が空いてしまうのです。貴方を望んでしまうのです。
 だから、血塗られた私達でも許されるのなら、終焉の時にジェイドを連れて貴方の元へ行きましょう。私達が生まれる前から其処にあった蒼の中に…。

 そうしたら、昔通りにきっと過ごしていけますよね。

くくっとディストは嗤う。低い音は部屋に響いた。

 貴方はきっと微笑んで、私達を迎えてくれるでしょう。ネビリム先生もそこにいらっしゃるんですよね。

ああ、今から楽しみです。

 おっと、ジェイドが呼んでいるようです。早く行かないとまた、虐められてしまいますね。この頃は加減が効かないんですよ。もう正気を留めてはいませんからね。
 内包した音素に精神を蝕まれて、譜眼が取り込む音素は肉体を蝕んでいます。それでも、こうやって私の名を呼ばれるのは嬉しいじゃないですか。
 結構仲良くやってるな。そう言いますか?
 貴方らしい、意地の悪い言い方ですが、まあいいでしょう。許しておいてあげます。

だって、もうすぐ私の願いが叶うのです…。

 幸せってこういうものだったんですよねぇ。



 正統(?)な秘預言の後。
他の音素が混じると正気を保っていられない…とか、書いてあったんで、戦いの最中に陛下を失えばジェイドはそうなるかも。誰一人幸せにならないラストですね。


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