変化はなく、停滞していて





 己を見つめる彼の目は何の光も写さない。
それでも、澄んだ蒼は変わらずに濁りひとつ見つける事は叶わない。



 音も無くその扉は開き、そして閉じた。
 広くも狭くもない部屋。昨日訪れた時と同じように、ベッドに腰掛けている背中にジェイドの貌に自然と微笑が浮かぶ。
 僅かに痩せただけで、綺麗な金髪も、艶やかな肌も、均整がとれた肢体すら変わらないその姿。

   ピオニーをこの部屋へ監禁したのは二ヶ月前。
 反乱軍はグランコクマを占拠し、皇帝を拘束、その座を奪った。
前皇帝への命乞いと引き換えに今の地位を得た私は、前々から創っておいた『譜術と譜業』の両方により施錠される『私』しか扉を開けることが出来ない場所に彼を閉じこめる。そう、反乱に手を貸したのは紛れもない自分自身。
 賢い彼に感づかれない様に、そして抗えない様に視力を奪った。
 毎日彼に飲ませている薬は、目の神経伝達物質を妨げる。外見上は何も変わったところはなくても、彼は今闇の中で暮らしていた。
 気配は感じているのだろうが、反応を返さない相手に話し掛ける。

「今度の戦争は、大規模でしたよ。」

 アクゼリュウス崩落を切欠に、キムラスカとの関係は最悪の状態を迎えた。戦火は既に北上している。グランコクマが墜ちるまで、そう間は無いだろう。
 そんな戦場へ行く気などジェイドには無い。守るべきものはここにある。

 部屋には食欲をそそる香りが充満していく。それでもピオニーは振り返らない。食事は一日に一度きり。本当ならば、空腹が理性を凌駕してもいいはずだ。
 けれど、彼は惑わされない。そう、暗闇にさえも。
 嗚呼と感嘆の声が漏れる。勿論心の中で…だ。
 彼ほどの精神力がなければ、とっくの昔に気が狂っていてもおかしくない状況。さすがに『陛下』ですと、心酔に似た甘く痺れる感覚が心を支配する。端正な横顔に見惚れ、ジェイドは話しを続けた。
「陛下も…ええ、今のですけれど、御自ら出陣なさいました。…退敗だったそうですが。」
 くくっと笑うジェイドに、初めてピオニーの声がした。

「ジェイド…お前一体何を考えている…。」

 そうして、こちらへ振り返る。見えもしないのに、真っ直ぐ視線を向ける彼に、ジェイドは目を細めた。美しい蒼穹の瞳。
 ねぇ、ピオニー。私にとって、そしてこの国にとっても皇帝陛下と呼べるのは貴方だけ。今、王座に座る下卑た男はただの生贄。せいぜい今のうちに、己の天下を満喫していればいい。


 もうすぐ、秘預言の期日が近付いている。

 心配なさらなくても、貴方の愛しい国民達は、今の皇帝に愛想を尽かし、とっくの昔に逃走を初めています。それ以上の諍いが起きないように早く皇帝の首をキムラスカに差し上げましょう。
 そして、愛しい貴方が死なないように、此処に閉じこめておきましょう。
 最後の皇帝は玉座を血で染める。
たとえ、事実なのだとしても、この世界の支配者たる人々がそれを望んでいるのだとしても、『血で染める』人物が貴方である必要など、何処にもありはしないのですから。

「私はいつでもこの国の繁栄と陛下のご威光を考えております。」
 ピオニーの髪をひと房手に取り、口付ける。びくりと大きく肩が揺れた。けれど、拒絶の言葉はその唇に乗らない。ジェイドは口元に微かに歪めた。
「さあ、食事に致しましょう。」
 そうして食事を介添えし、終われば彼を抱く。それが、此処へ彼を閉じこめてからの決め事。肌を合わせ、己の情愛を相手に伝える。
 彼が私の真意を知る事がないとしても、決して疎い男ではなく、変わらない忠誠を感じ取ってくれるはずだ。

 今、時間は止まっているのですよ。ピオニー。
もうすぐ、動き出しますから。今暫く、そのままでいてください。
 変わらない貴方のままで…。



あとがき
もしも、ジェイドが秘預言を(早くに)知ってしまったら…の世界。
レプリカルークが誕生しない世界ですよね。私の中では、ぴおが知っている世界はレプリカの誕生する世界と同一線上ですから。(おお、言い切った。)

本来ならば、国を守って皇帝も…と言いたいところですが、うちのジェイドはそんな正統派ではないので確率の高い方法を選びとります。でも、どことなく狂気じみてる気がするよ。(自分で書いてそれは何だ。)



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