女になっちゃった陛下・それから 「これは、どういう事ですか〜〜〜!!」 宮殿の窓から侵入を果たした反逆者は、長椅子に寝そべって優雅にお茶を嗜んでいた皇帝に喰って掛かった。 見ていた雑誌の頁を捲り、クッキーをくわえたまま顔を上げる。 「おう、サフィール久しぶり。」 「久しぶりじゃあ、ありませんよ。貴方とジェイドが婚約したってどういう事なんですか!だいたい貴方は男でしょう!!!」 きいいいいっと、叫んでピオニーの胸元に突き刺したディストの指先が、ぷにゅりとした柔らかな弾力と共に跳ね返される。 「ひっ!?」 悲鳴を上げて跳びすさり、ディストは己の指を凝視する。そして、その感触を思い出したのか見る間に赤くなった。 「…あ、貴方…まさか。」 くしゃりとピオニーが笑う。「まぁ色々込み入った事情はあるんだが、こういう事なんだ。」 ポリポリと後ろ頭を掻いて再度笑う。 「そんで、妊娠しろって言われてたんだが、そうそう巧く事が運ばなくて、ジェイドも世界を救う旅を控えた身だし、奴らも待たせるわけに行かないしでひとまず婚約したんだが…。」 「何の事だか、全然話しが見えません。」 「そうか?ネフリーなんざ、何の疑問も持たずに祝いの品を送りつけてきたぞ。」 傍らにある箱を取り出して見せる。中にはベビー用品がぎっしり。『お幸せに』とあるカードには、ハートマークが溢れていた。 「こういう所が、あの鬼畜眼鏡の妹だよな。」 ケラケラと笑うピオニーを見つめていたディストの腕がブルブルと震える。 「貴方は、私をずっと騙していたんですね!!!男だなんて言って!!!!」 「いや、ま、聞けサフィール。」 「聞きません!また、巧く私を丸め込むつもりなんですよ、貴方は!!!!」 「あの、サフィール…。」 「貴方なんて!!!」 勢いづいて、だだっ子パンチを繰り出そうとしたディストを避けて、ピオニーはソファに沈む。バランスを崩したディストはその上になだれ込んだ。 直接感じる胸の膨らみと、首筋に埋めてしまった鼻を擽る香りはディストの慾を直撃する。元々、そう、男だと思っていた時から、心惹かれない相手ではないのだ。 組み敷かれた方も、取り立てて騒ぎ出しはしなかったが、ディストの髪が首筋に当たるのがくすぐったいらしく身じろぎをして声を出す。 「…や…ん…。」 甘い声に、ディストは耳まで真っ赤になった。「なんて声出してるんですか!!まるで、私が…!!!!」 「私が…?」 誘うように言葉を繰り返す艶やかな唇。 「…襲って…るみたいじゃないですか…。」 手触りの良い金糸から垣間見る水色の瞳が、瞬きをする間に、唇を重ねた。応じない舌と、若干の抵抗はこの幼馴染みらしくいっそ小気味良い。 開放した後の甘い吐息を漏らす唇に意識をもっていかれていると、ピオニーはくくっ笑う。 「お前、俺が嫌いじゃなかったのかよ?」 「嫌いですよ、いっそこのまま、壊してしまいたいと思うほどに…。」 憎まれ口を叩かれる前にもう一度塞いでしまおうか、それともこの綺麗な首筋に己の痕を残そうか…そんな事をぼんやりと考えていると、ピオニーの手がディストの髪を引っ張った。 「あの、な?サフィール。」 見るとピオニーは綺麗な眉を少しだけ歪めて困った顔をしている。 「元々、ジェイドは独占欲が強かったんだがな…。」 「それが、なんですか?」 「こうなってしまったら、それが益々酷くなってな? ま、離れているのが原因なんだろうけど…。」 サフィールの肩に手を置いて、ヨイショと身体を起す。年寄りくさいですねぇと背に腕を回して補助してやれば、彼女はすっぽりと腕の中に収まった。 このまま、抱き締めてみようか…。 見上げる金色に輝く睫毛が震えて、まるでそれを望んでいるようにも見えた。実際のところは、ピオニーは笑いをこらえていたのだが。 「他の男が手を出した時の為に、罠を仕掛けていったんだよ。」 へ…? 「ごめんな。」 ピオニーは優しくディストの額に口付けを落とした。 途端、ディストは背筋を凍らせる殺気を感じて振り返る。窓際に、侵入した時にはなかった譜陣が音素を振りまきながら具現化していた。 その中心に迫り出してきた人影は、死神ディストを震え上がらせるのに充分な人物。 「ジェ、ジェ、ジェ、ジェイド!」 「おや、不埒な輩は貴方でしたか。」 口元を吊り上げた端正な貌がディストを見る。そして、言い逃れのしようも無いほど状況証拠は揃っていた。ピオニーの胸元ははだけ、唇はしっとりと濡れている。そして、もちろん自分の腕の中。 「皇帝が女性だとわかった途端に、良からぬ事を考える者が激増しましたのでね。心痛で夜も眠れませんよ。」 悪魔のごとく美しい笑顔で見つめられ、心臓を鷲掴みにされたディストに、背中から金髪碧眼の美人がぼそりと耳打ちをした。 「だから、聞けと言っただろう?」 「まぁ調度良かった。貴方には色々聞きたいと思っていたんですよ。」 フフフ…と微笑みながら、じりと近寄ってくる鬼畜に謝罪の言葉を泣きわめく下僕。楽しく観覧中の女帝。 いわゆる、お楽しみはこれからです。 〜fin
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