女になっちゃった陛下


 人間というものは、衝撃の振幅が余りにも激しいとどうやら動きを止めるものらしい。本来ならば、その行為を咎めなければならない立場の人ですら、茫然自失のままその集団を見送った。
 先頭は、タキシード姿の軍属。風にたなびく長髪と胸元でヒラヒラと揺れるチーフが奇妙に優雅さを醸し出している。その次はドレスの裾を膝上まで捲り上げた皇帝。普段のサンダル履きが功を奏したか、ハイヒールをものともせずに全力疾走。
 彼女(彼?)のベールを持って、ナタリアとアニスが後ろから猛追撃。後を追う青年二人は時々挫けた様にしゃがみ込みのを、ティアとミュウが宥め賺して後を追う。
 この姿で城下町から疾走してきたと知った参謀長官以下上層部が、一斉に卒倒したのは言うまでもなかった。
 そんな事を知る由もなく、皇帝の私室に滑り込んだ集団は引き出しを漁る皇帝の姿を見守る。

「あった〜〜〜!!!」
 無駄に上がったテンションのまま、皇帝はその手に掴んだ瓶を掲げて見せた。
薄茶色の掌に乗る小瓶。中には黒い粒が数個入っていた。
 ジェイドはそれを見咎めた。「それは…。」
「子供の頃、私がディストにくれてやったものですね。どうして貴方がそれを?」
「前にあいつがくれたんだ。ジェイドに貰ったものだけど特別に譲ってくれるとかなんとか…。」
「そんなものを易々と口に入れないで下さい。ま、あれもこんな作用があると知って貴方に渡したわけでは無いのでしょうが…。」
 額に手を置き、ジェイドは首を振った。「どういうことだ?」
「これは、体内の音素配列を変化させる薬です。本来の目的はフォミクリーへのデータ搾取の為でした。…が、ディストには巧く作用しなかったらしくて腹痛と下痢を繰り返しただけ。何の成果もなく無駄に終わりましたからねぇ。」

…正に実験動物扱い。

「ですので、貴方が腹痛でも起こせばいいと思ったのでしょう。成程、あれが『悪い魔女』でしたか〜。後でお仕置きが必要ですねぇ。」
 にっこりと笑ったジェイドの目が険を示していた。その場にいた全員は、ディストの命運を知ることとなる。事の顛末にピオニーは目をぱちくり。
「俺には、作用したって事か?」
「ええ、時間経過と共に、薬品が変化したとも考えられますが…取り敢えず原因がはっきりしました。」
「元に戻るのか?」
「はい、いつかは。」
「は?」
「嫌ですねぇ。幾ら私が優秀でも、変化の過程も定かではないものが易々とは元には戻せませんよ。」
「…。」
 沈黙が部屋を支配したとき、ノックの音と共に扉が開けられる、神妙な顔をした兵士は、ピオニーの顔を見ると、いそいそと書状を読み出した。

「議会が満場一致で『皇帝、妊娠してください』決議案が可決されました。」

 返事のない面々を見回すと、え〜と小さく呟いて兵士は更に言葉を続ける。
「既成事実を前提に、女性だったと言うことで押し通す所存だそうです。」
「なんで!?」
「先程、タキシードとウエディングドレスで街を疾走なさいましたので、国民からの質問状が殺到してるそうです。もう、腹をくくれとの書状が軍部と王宮より届いております。
 ジェイド・カーティス大佐にも、陛下を妊娠させるまで軍部復帰は認めないとの通達が来ておりますので、合わせてご報告しておきます。」
「おやおや…。」顎に手を当てて、首を捻る。
「なんでそんなに冷静なんだ!!お前も慌てろよ!当事者だろ!?」
「そうですね、音素による体内変化で、妊娠するか否か興味があります。」
 にっこりと微笑むジェイド。「ひっ」と青ざめて、後ずさるピオニー。
「試してみましょう。」
 嫌だ〜!やめろ〜と喚く皇帝を姫抱きにして、ジェイドは妖艶に微笑んだ。
「大丈夫です。男に戻られても産まれた子供は認知致しますし、子育てには参加致しますから。」
「そんな問題じゃねえだろうが!!!!!!」
 鼻歌を歌いながら、寝台に皇帝を連れ込む死霊使いを止める者も、規律も、常識も既にこの世界には存在していなかった。


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