女になっちゃった陛下


「…でも、何で人魚姫…なんだ?」
 様々なお伽噺に出てくる姫君の名を連ね、ピオニーはそう尋ねた。『まぁ、眠ってばっかりの女も退屈だけどな。』そうつけ加える。
 サラサラとした金髪、長い睫毛に縁取られた蒼い瞳。綺麗に通った鼻筋に形良い唇。何よりも華を印象づける微笑み。
 大きく股を広げて座る姿でさえ、大らかさを感じるだけ。

『貴方も今は立派な姫君ですね。』

 ジェイドは緋色の瞳を細めて隣に座る女性を見つめた。
 彼の横に座そうとする花嫁候補者は、数知れない今の状態だが、もしも、女性として性を受けていたのなら、その細くしなやかな手を取る為にどれ程の男が争うのだろうか…。
 類い希なる美貌、その背には国という権力を携えている。
「ジェイド?」
「ああ、そうですね。お伽噺ですが、ハッピーエンドでは無いものですから。」
 きょとんとした顔が、より一層幼く感じてジェイドはクスリと笑みを浮かべる。
「皆一様に、王子さまと幸せになりましたと終わるお話の中で、唯一違う結末なので、興味を惹かれた…という事でしょうかね。」
「好きな相手はお互いなのに、結ばれることは無い…か。」
 おまけに聡明というオプション付きだ。その存在に心惹かれない男はいないだろう…。

「なぁ、ジェイド。俺がこのまま…「へっいかぁ〜〜〜!!」。」
 
 アニスのぶりりあんとな声が中庭に響き、ジェイドとピオニーが振り返る。
異国の姫君が神妙な顔でこちらへ歩いてくるのが見えた。その後ろに笑顔のアニスと頬を染めたティアが従う。
「いけませんわ、陛下!」
 口開一番に、ナタリアはそう言い放つ。
「へ?」
「何がいけないのですか?」
 男二人(外見のみ片方女)の鈍い反応に、彼女は拳を握りしめる。
「僭越ながら進言させて頂きますが、私、陛下のお召し物はそのままではならないと思いますわ!」
「…今まで通りの衣裳だが…?」
 先程のように、胸元に手をやりぴらぴらと捲ってみせる。『そうですね。』と眺める死霊使い。嗚呼、とナタリアは天を仰いでから、芝居じみた動作でピオニーに向かって両手を広げた。
「そんな破廉恥な事をなさってはいけませんわ、陛下。
 女性に姿が変わったのですから、態度と格好を改めませんと!借りにも皇族のご身分でいらっしゃるのですから。」
「あ、あの…それに、下着を何もおつけにならないのは…その…見えますし…。」
 チラとピオニーに目をやり、ティアは頬を染めて俯く。
 ピオニーが男であった時でさえ大きくあいていた胸元は、今では肩ぎりぎりまで開き、胸の谷間が覗いている。真上から見下ろせば、胸の飾りどころか下までまるっとお見通し状態。それを眺めても動じないジェイドも流石とは言える。

 ふっとピオニーが息を吐くのが聞こえた。女性陣に向けられた貌は、不敵なと称された笑み。けれど、今はいっそう悪戯めいて見えた。
「けどなぁ、俺が女物の下着を一式持っているのも、それなりに問題があるだろう?」 「そうおっしゃられるとそうなんですが。」
 頬に手を当てて、思案顔になったナタリアの横から、アニスが笑顔で身体を覗かせた。両手を口にあてたいつものポーズ。
「だ・か・ら、陛下〜。アニスにお・ま・か・せ?してみませんかぁ〜?」
「うんうん、じゃあ、アニスに全てを委ねてしまおうかな。」
 同じポーズで、アニスに寄りかかる、男でやるとキモイの一言だが、今の状態では非常に可愛らしかった。
「きゃわ〜ん。へいかぁ、こっちですぅ。」
 アニスに引っ張られ、中庭を後にするピオニーを見送って、ジェイドも立ち上がる。しかし、向かう方向は反対側。
「大佐?」小首を傾げたティアに、ジェイドはにっこりと微笑んだ。
「私は悪い魔女でも探しに行ってきます。陛下をお願い致します。」


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