女になっちゃった陛下 水音がやまない地。 それが鬱陶しいと恋人はよくぼやいていたが、各地を転々とする旅を続けているとそれは確かに住まうべきところへ帰った証にも思えた。 久しぶりの逢瀬に互いを求め、疲れ果てて眠りにつく夜。 その水音も手伝ってか、腕の中で眠る金髪を撫で、月光に映える褐色の肌を眺めながら幼い頃に読まされた人魚姫の話を思いだしたのは、一体何の予兆だったのか。 愛する王子と結ばれることなく泡になってしまうのはと、柄にもなく感傷的な思いを抱いてしまったのは…。 「ジェ…イド、ジェ…イド。」 聞き覚えのあるような、ないような声に呼ばれて、ジェイドは瞼を引き上げた。ここがグランコクマの宮殿であるのなら、自分の横で眠りについた人物は一人しかいない。 だが、その声は奇妙だ。 「…陛下…?」 「…お、俺…妊娠してたらどうしよう。」 何処の小娘が吐くような台詞かと顔を見つめると、相手の顔は真っ青で冗談を告げているように思えない。 「どうなさったんですか?」 「ジェイド…見て驚くなよ?」 ベッドにぺたりと座り込み胸元までシーツを纏ったピオニーが、それを一息に引き剥がす。肢体を目の前に晒されてジェイドは言葉を失った。沈黙が二人の間を流れていった後、焦れたようにピオニーが声を発した。 「驚くなとは言ったが、何とか言えよ。」 ああ、そうだ。ジェイドはやっとその声の正体に気が付いた。 聞いたことがあるはずだ、遠い昔、自分が子供で彼も子供だった頃によく聞いたもの。声変わりをする前のピオニーの声。そして…。 「肉体が女性のものですね。一体これは何の冗談でしょうか?」 冗談ではないと思いつつそんな言葉しか浮かばない。「冗談なわけないだろう!!俺が聞きたいぞ!!」 涙目の相手に、適切な言葉が浮かばない。自分も余程混乱しているのだと自覚出来た。そして、たったひとつだけ今の現状を打破する事実に気が付いた。 「女性になってしまわれても、行為をしたのは直腸になりますので、妊娠はしませんよ。」 冷静なジェイドの言葉に、ピオニーの罵声が宮殿中に響いた。 そして、数時間後、王宮も議会も軍部も蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。何故か、ルーク以下パーティメンバーもその馬鹿騒ぎに巻き込まれている。 「こうなったら、諦めて陛下は女性だったと公表してはいかがですか?」 「そんな今更。」 「犬を貰う時に、雄だと言われて貰って帰ったら、妊娠して雌だとわかるのはよくあることです。」 「ああ、あるある。俺もそうだった。」 「しかし、万が一再び男に戻られた場合はどのようになさるおつもりですの?国としての発表がそうコロコロと覆っては問題がありますわ。」 「では、生き別れの双子の妹がいたことにしてしまえば場をしのげるんじゃないか?。」 既に冷静さを欠いた相談事は、あらぬ方向へと進んでいく。 顎を外さんばかりに口を開けて、動きを止めている皇帝の手をとって、ジェイドは取り敢えずこの場を逃げ出す事にした。 「いい加減にしろと怒鳴り出すかと思いましたよ。」 「…俺が一番ショックなんだ。そんな気力があるかよ。」 「原因がわからないので全くの気休めですが、なるべく早く元通りになれるよう、旅の片手間に研究は致しますから。」 ピオニーは溜息を付いた。「…助かる…。」 抱き寄せようとした肩はひとまわり小さかった。その代わり、いつもなら手に馴染む固い感覚はなく、全体に柔らかな丸みを帯びている。 二の腕も細く、両膝の上に揃えて置かれた手もほっそりとして、何処か頼りなげに見えた。自分よりも少しだけ低かった彼の身長も、胸元に預けられた頭の高さでいっそう低くなったと知った。 そう、全てが小さく、細い。 「俺、女性は大好きだけど…女になっちまうとはなぁ…。」 「ある意味本望とも言えますよねぇ。」 「馬鹿言うな…。胸だって、なぁ…。」 大きく開いた胸元をより一層広げて覗き込む。「…メロンどころか、林檎も怪しいぞ…。」 「私は、その程度が好みですよ。」 へ?とピオニーの頬が赤く染まる。 「貝殻の胸あてをした人魚姫…考えてみれば貧乳の方でないと似合いませんねぇ。」 「お前がそんなドリームを持ってたとは知らなかったよ。」 呆れたような溜息と笑い声が中庭に響いた。 content/ next |