女の子ぴお・3 『最後まで、嘘をつかせてすまないな。』 それが、あの男が息を引き取る前に告げた言葉。 自分が死ぬ間際だというのに、彼が問うたのは、娘の安否。そしてネフリーの無事。 娘を庇いネフリーは既に亡くなっていたという事実を伝える事を、私は躊躇った。 『無事です。ですから、貴方も…。』 しかし、ほんの些細な声色の差を彼は瞬時に見抜きそう言った。柔らかな笑みと共に。 さぞ…と後悔の念が浮かぶ。 彼が皇帝になっていたのなら歴史に名を残す者となっていただろう。あの方にお仕えしたかったと願う気持ちは、今も萎える事は無い。 「陛下?」 彼女の私室に脚を踏み入れると、女性の部屋とは思えない乱雑ぶり。 ああ、父親の血を色濃く引いていると思う瞬間。 幸いな事に、妹の血も引き継いでいてくれたようで、あの幼なじみの部屋に比べれば遙かにマシだ。 床に散らばる服を手にとって溜息をつく。 可愛らしいレースの下着まで、ベッドの上に投げ出されているところを見ると相当に慌てて部屋を出たようだ。 ぐるりと部屋を見渡すと、ベッドの横に鏡餅のごとく積み重ねられたぶうさぎのぬいぐるみに眼が止まる。全部で13個あるそれは、毎年彼女の元に送られてくるサフィールの贈り物。 今日、新たなものが一個追加される事でしょうねぇと、ジェイドは苦く嗤った。 だんだんと大きくなっていくそれは、今では本物と大差ないサイズ。あの限度というものを弁えない男は、そのうちに、宮殿を覆い隠すようなものを送り付けてくるかもしれないと思い、今度は溜息が出た。 「さて…どちらへ行かれたのやら。」 宮廷の洗濯物を干す庭。 パンパンという音と共に、白いシーツが風に踊っていた。 「大丈夫ですよ。ほら、新しい下着も買ってきましたから。」 「可愛いの?」 「勿論です。私の見立てですよ、決まってるじゃないですか。それ専用ですが、あの男みたいに、おへそまで隠れるような趣味を疑うものは用意しませんから。」 「ありがとう。サフィールのくれる服もいっつも可愛いもんな。センスいいから大好きなんだ。」 ああ、成程そういう事ですか。 「子宮等の女性特有の臓器を保護する為にも、お腹を冷やす事は感心しませんね。」 両手を前で組みながら、座り込んでいた少女と不審者に声を掛ける。横には、大きなリボンが巻かれたぶうさぎのぬいぐるみ。本物の1.25倍はあるだろうか。 『やはり、大きくなっていますねぇ』ジェイドは眉間に皺を寄せた。 目尻を赤く染めた少女が唇を尖らせて見上げてくる。潤んだ瞳と鼻にかかった声が、彼女が涙していたことを教えてくれた。 「だって、ジェイドが買ってきた奴『ズロース』って書いてあったんだぞ。そんなの今時何処で売ってるんだよ。」 「企業秘密です。……部屋にいらっしゃらなかったので探しましたよ。」 「あ…ごめん…。」 膝の上にサフィールから渡された袋を置いて、両手で眼を擦った。褐色の肌がほんのりと赤を乗せる。 「驚かれたとは思いますが、ご相談頂きたかったですね。」 こくりと金糸が揺れた。 「ビックリ…した、なんだか、ジェイドに言うの恥ずかしくって…そしたら、サフィールがプレゼントを持って来てくれたから…。」 ジロリと睨まれて、ディストがひぃと声を上げる。 「今回は適切な処置をしていただいたようですので、不法侵入は大目にみましょう。次回からは、厳罰に処しますよ。」 私とサフィールのやりとりに、少女はクスリと笑う。蕾から花弁が零れるようだと心が告げた。涙させるなどとんでもない。 「恥じるなどありません、喜ばしい事です。ネフリーが貴方を身籠ったように、新しい命を育む事が出来るようになったのですから。」 「母上が…。」 「そうですよ。ネフリーも殿下もどれだけ喜んでいらしたか。」 「そうそう、ピオニーなんて、あ、貴方の父親の方ですけど、わざわざ電信で連絡してきたくらいですよ。それも、毎日々同じ事の繰り返しで、嫌がらせかと思いましたよ。おまけに、貴方が産まれてきてからは、それが日に三度は必ず掛けてくるんですよ!馬鹿ですよね。全く。」 クスクスと笑いながら、自分のお腹を撫でていたピオニーが顔を上げ、見つめる。 「じゃあ、俺はジェイドの子供が欲しいな。」 にっこりと太陽のような笑みを浮かべ、屈託なく話す少女に年甲斐もなく胸が高鳴った。 『最後まで、嘘をつかせてすまないな。』 ふいにあの男の言葉が蘇る。 「こんな年寄り相手にお戯れを仰らず、皆さんお待ちですよ。今日の生誕記念の式典は、分刻みで進んでおりますので。」 笑みを崩さず、そう告げる。ふっくらとした頬が、少しだけ不満に膨らんだ。 蒼く澄んだ瞳がひたと見据えられると、眼を反らすことすら叶わない輝きが魅了する。 私はいつまで嘘をつくことが出来るんでしょうかねぇ。殿下。 「じゃあ、今度は避妊具を…。」 そう言いかけたディストが、ジェイドの譜術で強制送還されたのは言うまでも無い。 content/ |