彼の動機、彼の理由


電撃さきいか焼き+のテントさんより9万撃記念に頂きました。


「よう、久しぶりだな、ジェイド」
軽く片手を上げて、金の髪の幼馴染みは笑いかける。
 一見、よくある再会の光景。
 だが、そう言ってしまうには、彼等の立場と状況はあまりに異質だった。
「…こんな所まで何をしにいらしたんです?殿下」
「何って、お前に会いに来たに決まってるだろう」
ジェイドの呆れ声にも動じず、あっけらかんと答える殿下―ピオニー。
「此所が何処だか分かって言ってるんですか?…いえ、それよりも貴方が帝都を自由に動き回れるとは意外、と言うべきでしょうか?」
"此所"はマルクト軍基地の中でもかなり奥まった所にある、ジェイド直轄の研究所。いくら皇族といえども、軍事機密の詰まった場所へそうおいそれとは入れない筈である。
 ましてやピオニーは、皇位継承争いの煽りで幼少時はケテルブルクで軟禁状態。成人して帝都に出入りするようになったとは言え、一人で自由に動き回れる訳がなかった。
 ――本来ならば。
「何言ってんだ。脱走が俺の得意技なのはお前が一番よく知ってるだろうが」
得意気に胸を張るピオニーに、ジェイドは大袈裟に溜め息をついた。
「不本意ですが、ね」
確かに、この幼馴染みがどんなに警備や施錠を厳重にしても、何食わぬ顔で私塾の机についているのを何度目の当たりにしてきたことか。
「…まあ、言っても今更ですね。それで?私に何の用事ですか?」
どうせ何度連れ戻されても、懲りることはないのだ。
「ああ。ジェイド、お前出世しろ」
「お断りします」
「早いぞ」
唐突な言葉にもかかわらず、即答で返すジェイド。それに対するピオニーのツッ込みもまた的確だった。
「何を言い出すかと思えば…別に私は出世が目的で軍にいる訳ではないですからね」
ジェイドにとって、軍での地位は特に興味を引くものではない。ただ自分の研究を行うのに都合のいい程度の役職があれば充分だった。
「けど、研究は打ち切るんだろ?」
「おや、ご存じでしたか」
「サフィールがえらく怒ってたからな」
「余計なことを…」
後でお仕置しないといけませんね、と心で呟く。時を同じくして、当のサフィールは激しい悪寒に襲われるがそれは置いといて。
「で、私が研究を打ち切るのと出世することに関連があるとでも?」
「あるさ、大ありだ」
再びピオニーは胸を張る。その表情は、子供の頃悪戯を思い付いた時の正にそれ。
「お前、研究止めたらその頭の使い道ないだろ?だったら、それ俺の為に使え」
「貴方の為に…ですか?」
ジェイドの眼鏡の奥の赤い瞳が微かに揺れる。
「ああ。どうやらこの分だと俺に皇帝が回ってきそうなんでな。帝位に就いた時にすぐ使える手足が必要だ」
「それが私ですか?また随分買い被っていただいたものですね…たかだか中尉の私を」
「思ってもないこと言うなって。お前の頭は俺が思う存分有意義に使ってやる」
根拠があるのかないのか定かではないが、ピオニーの言葉は自信と確信に満ちていた。
 ――昔からこの男はそうでしたね――と、ジェイドは一人ごちる。いつでも訳もなく強気で、それでいて言ったことは必ず実現させてしまう。そういう所が子供心に興味深かったのを思い出す。
 きっと、根拠はなくても、『皇帝になる』と言ったからには必ずそうなるのだろう。
「なら、私が出世するメリッとは提供していただけるんでしょうね?」
互いの地位を考えるとおおよそ有り得ないジェイドの申し出だったが、ピオニーは意に介することもなくふむ、と考える。
「そうだな…じゃあ、前払い分ってことで」
ピオニーはジェイドの軍服の襟首を掴み――そのまま口づけた。
「こんなもんでどうだ?」
手と顔が離れ、ピオニーはにっこり笑う。
「そうですねえ…」
ジェイドの顔にいつもの人を喰ったような笑みが浮かんだ。
「足りませんね」
「へ?」
言うが早いか、ジェイドは片手でピオニーの腰を引き寄せ、もう片方の手を顎に添える。
 至近距離で一瞬見つめ合った後、抱き締めて、ピオニーのそれより深い口づけを交わした。
「この位はいただかないと」
抱き締めたまま笑うジェイド。
「たっかいなー…」
憎まれ口を言いつつも、ピオニーもまた笑っていた。
 ジェイドが腕を緩めると、ピオニーはするりと腕をすりぬけて入口近くに立つ。二人共に、外から近付く人の気配に気付いてのことだった。
「そろそろ戻ってやるか…じゃ、待ってるからな」
ジェイドの返事を待たずに、ピオニーは素早く研究所の外へと駆け出して行く。
 後に残されたジェイドは、まだ腕に残る感触に目を細めた。
「待ってる……ですか」

 ――来たるべき日に、彼の隣に立つ為に――。

「それも悪くないかもしれませんね」
ふっ、と笑うと、ジェイドはピオニーが来る前にやっていた、研究所閉鎖の作業の続きに取り掛かった。


 数年後、『賢帝』と呼ばれる皇帝と、彼の『懐刀』と呼ばれる大佐がマルクト帝国に誕生する――。


*Fin*


おまけも頂いちゃいましたvvv

ちょびっと続き

ルク「何でジェイドは大佐止まりなんだ?」

ジェイド「大佐でも出世してると思いますがねえ」

ガイ「でもトリトハイムさんが言ってたじゃないか。大将でもおかしくないって」

ジェイド「いえ、私は大佐で十分なんですよ」

ルク「何で?」

ジェイド「一個師団より荷物が重くなったら自由に動き回れませんからね。私の目的に差し障るんです」


目的は言うまでもなく陛下の為に暗躍(笑)することな訳で


content/