あなたが欲しい 「知ってた。」 言わなくて悪かったな。 かの人はそういうと微笑んだ。 儚くもない。力強くもない。 気負いを感じさせず、さりとて存在感を失う訳では無い。 第七譜石に刻まれていた預言。 この主に告げる必要も無かったが、黙っている根拠も無い。 寝物語にでも話せば、笑い飛ばしてくれるかもしれないと思ったのは、その預言に対して少なからず自分が引っ掛かりを感じていたせいだろう。 不安を抱いていたと正直認めてしまってもいい。 ピオニーは、気怠い動作で髪を掻き上げると、眉を寄せてくしゃりと笑った。 悪戯を咎められたようなあどけない表情を、ジェイドはただ見つめる。 「いつから…ですか?」 シーツ一枚を羽織って自分の横に寝そべっている皇帝の頬にそっと指を這わせる。 ん〜と怠そうに唸ってから、結構前かなぁと呟く。 唇に触れた指先に口付けを落とし、主人に許しをこう獣のようにぺろりと舌で舐め上げてきた。 ザラリとした感触に心が疼く。 「妙な心配させちまったな。」 それをふいに止めて言う。 己の取り留めの無い感情のすべてが、一点に流れ込むのを感じた。昔は知らなかったこの感情を今は確かに把握している。 包みを開くようにシーツを開き、与えられた最上級の贈り物を腕に抱き込む。 躊躇い無く委ねる身体に、全てを受け入れている相手を確か感じた。 何度も性行為を繰り返せるほどにお互い若い訳ではない。 ただ、こうして相手の触覚だの重量だのを感じる事はただ心地よく、特に何を求めるでもなく抱きあう。 自分の腕に頭を置いている彼の金色の睫毛やら薄桃の唇を眺めていると、ポツリと言葉を紡ぐ。 なぁ、ジェイド、こんな伝説を知っているか? この世界には、始まりから終わりまで全てを記録した存在ってのがあるらしい。 ユリアはそれを読むことが出来た…なんて話もあるそうだ。 そして、宇宙も拡大と縮小を絶えず繰り返し、消滅と再生をおこなっていると唱える学者もいた。 だったら…と思うんだ。 その記録に記されているのは、実は一度消滅した世界の記録なんじゃないのかってな。だから、自分たちよりも優れた文明をユリアは読み、手に入れる事が出来た。 今こうやって過ごしている時が過ぎれば、再び新しい記録がその上に刻まれる。ああ、これは俺のただの思い込みで、根拠もない。 そうだな…まるで、生きてる事への言い訳だ。 そこまで告げると、ぱちりと目を開いた。金色に包まれた空の深淵を感じさせる蒼が自分を見つめる。 「貴方を下さい。」 啄むように口付けを落とした。 俺? 出し惜しみをした覚えはないんだけどな。急にどうした? なんて言葉が返る。 「やりたくなりました。」 そう言ってやると、げっと叫び声を上げた。 まるで、蛙を踏んだようだと腹の中で笑う。 この世界に存在するために言い訳が必要だというのなら、そのたったひとつの言い訳に… 私はあなたが欲しい。 〜fin
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