風邪ひき 「 」 乾いた唇が動いたと思うと、ついぞ耳にした事もなかった名前が紡がれた。吐息と混じり吐き出されたそれは、常人が聞いても意味がなさないものだろうが、ジェイドには解る。 若気の…と名が付くそれを、やはり彼は心に刻んでいるのかと、そのしぶとさに苦笑した。 「…ジェ…イド…?」 黙って見つめていると、己の名を呼ばれた。気付くと先程まで閉じられていた瞼は上がり、熱に浮かされた瞳が定かでは焦点が揺れていた。 「陛下。」 そう呼び掛け、身体を傾けて相手の顔を覗き込む。普通に呼吸器官から出入りする息が熱く、体温は相当に高くなっているはずだ。 「薬というものは、無駄に消費する為に何日間お飲みくださいと言っている訳ではありませんよ。」 「……わかってる…。」 「わかっていると仰るのなら、何故鼻から来る初期症状が収まった時点で飲むのをお止めになったんですか?」 「治ったの…かと思って…。」 「ほぉ、いつ治ったのですか? ならば、今風邪をこじらせて寝込んでいらっしゃるのは、何処のお馬鹿さんなんでしょうねぇ。」 ベッドに横たわるのは、通常ならばその辛辣な台詞を立派に弾き返す人物だったが、そんな気力も無いらしく顔面をシーツに潜らせ逃走を図った。 ジェイドは、褐色の肌を覆う白いシーツに手を掛けてゆっくりと引き下ろす。緋色の瞳に射抜かれた相手は、自分の素肌に相手の髪が擦る感覚でやっと相手の手を掴んだ。胸元は大きく広げられている。 「…何…する…。」 直に触れた体温。ジェイドは端正な眉を顰める。 よくもこんなになるまで、平気な顔をして歩き回れるものだ。身体の平行感覚が随分と異変をきたしていたはずだろうに。最も、自分が呼ばれた時点で、彼の許容範囲を超えていると言う事実は明白なのだが…。 「診察です。大人しくしていて下さい。…但し慰めが欲しければ、そちらも処方致します。」 ジェイドの言葉に、ピオニーの顔が一瞬強ばった。 「呼んだ…か?」 「はい。」 「すまん…。」 「私以外は聞いておりませんし、熱に浮かされた戯言の類でしょう。」 淡々と流すジェイドに、ふっと笑みが零れた。 「…久しぶりに夢を…見たんだよ…。」 「やれやれ、貴方らしくもない。そんなに恋しいのなら会いにいかれたらどうですか?。」 「寂しかっただけだ…。」 「強がりとは、益々貴方らしくもないですよ。」 「そう…言…うなよ…。」 珍しく言葉を詰まらせると、両手で目を覆い隠した。「…時間も…愛情も分けられねぇだろ…。」 後悔を人に見せる男では無いが、失った情に心揺らされる時もあるのだと。 「こんな時の為に私がおります。」 柔らかく腕を外し、目尻にそっと口付けを落として溜まった涙を吸う。 「生憎と私の情も時間も、分け与える相手には不自由しておりますので、全て貴方に注ぎましょう。」 「…それも、怖いって知ってたか?ジェイド。」 は、ははと軽い笑い。引きつった貌が、彼の本気を垣間見せた。 「貴方も存外、我が儘ですねぇ。」 クスクスと笑い、ジェイドは薬を差し出した。 「薬が効果を発揮するのは、適正な量を摂取した時にのみです。足りなくても、多くても望む結果は出て来ないでしょう。私は間違えたりしませんよ。」 「違いない…。」 くつりとピオニーも笑みを浮かべ指を伸ばす。しかし、出された器ではなくジェイドの手を掴む。 熱に浮かされ潤んだ眼差しは、ジェイドを見つめる。 「…今は、こっちがいい…。」 「仰せのままに、皇帝陛下。」 そっと重ねられた唇。「お前に…うつっちまう…か?」 そう問われ、綺麗に象られた唇は嫌味を忘れたりはしないのだ。 「貴方に感染する風邪ですから、私にはうつりませんよ。」 〜fin
この下は戯言。許せる方のみ↓ 実はあの「」の名はネフリーを想定していません。 あのジェイドが易々と「陛下の初恋」だの「忘れられない」だのと口にするとは思えない。誰にも知られない(ジェイドしか知らない)皇太子時代の恋とかあるのかもなぁと模造。だから、ジェイドはある意味牽制の為に妹の名を口にする。 そして、公的にはぴおは独身を通すけど、(彼女が忘れられない等の理由ではなく、政治的なもの)実際にはぴおは知らないけど、彼女との間に…とかとか。 ごめんなさい。そういう話しが好きなんだ。 content/ |