キスから始めて 「変わらず、ネフリーは美人だった。」 ケテルグルグ視察のお土産を持参したと告げ、太陽を思わせる満面の笑顔で何を言い出すのかと思えば、そんな事だ。鼻の下を伸ばしている(ように見える)皇帝陛下にジェイドは冷めた視線を送る。 「私の妹ですからね。」 そう付け加えてやると、心底嫌そうに顔を歪めた。 綺麗な顔立ちをしているのに勿体ない。そう思い、ジェイドは嗤う。 形良い眉を歪めるなら、もっと別の方法で歪めたい。眉間に皺を寄せる表情は、もっと近くで。 そう、彼とは二週間も会っていないのだから。 「そいつが、今世紀最大の謎…いや、もう一人のお兄ちゃんが優秀だったせいだな。」 「まさかとは思いますが、其れはご自分の事ですか?」 「何言ってんだ、実質的にネフリーと一番長く過ごしたのは俺だぞ。」 ジェイドは、自分の書斎の横から、大きく身体を傾げて覗き込んでいるピオニーの言葉が終わると机の上の書類を両手で軽く揃え、角に重ねた。 そうして於いて、徐に皇帝の得意そうな顔を見上げると笑みを浮かべる。 「ええ、そうですね。彼女がコスプレ至上主義になったり、天真爛漫と言えば聞こえもいいですがノー天気と総評されたり、親馬鹿ならまだしもぶうさき馬鹿になったりしなくて本当に安心しました。 彼女は、美しく聡明で、男を見る目も確かです。」 「よくも、一息にそんな罵詈雑言が浮かぶもんだよな。」 呆れた顔を隠そうともしない相手に『どういたしまして』と微笑む。形よく整った顔がさらに歪むのを見るのは実は楽しみのひとつ。 自分だけが造り、見ることが出来るという特権はなんともいえない充実感を味わえる。 「俺もお前をお兄ちゃんと呼ばずにすんで助かったよ。」 「それは残念ですねぇ〜可愛がって差し上げますのに。」 にこりと笑えば、無反応。しかし、ピオニーはふっと表情を柔らかくした。 「…ネフリーとは、一晩中話をしてた。ああ、旦那もいたぞ、安心しろ。」 「何の安心ですか。」 「大人になったら教えてやる。 俺はさ、ますますネフリーが好きになったって、ジェイドに聞いて欲しくてさ。」 ジェイドは一瞬素で驚いた。 この馬鹿は一体何が言いたいのだろうと、本気で思う。 「彼女は人妻ですよ?」 「んなこたわかってる。 俺が言いたいのは、今の方がネフリーともっと仲良くなれた気がするって事だよ。 お前もサフィールもいなくなった後、ネフリーは俺が守らなきゃってずっと思ってた。思い込んでた。 ネフリーが男だったらそうじゃなかったろうが、女だったから自然と結婚って言葉を思ってた。 今思えば、都合の良い思い込みだよな、でも、それで妙に気負いもあってさ。 だから、かな。結婚を断られたのも当然だと思うし、お互いに、変に意識していた。」 うんうんと頷く金糸は、キラキラと光を弾く。 「でも、ネフリーが結婚して旦那と幸せそうに笑っててさ、嬉しいと思ったし、そんな彼女がもっと好きだ。」 ああ、でもなんて言って笑う。 「ネフリーの旦那な。なんだか俺に似てたなんて、自惚れかな?」 いいえ。 口の中で、呟く。ネフリーは貴方が好きでしたよ。これは、兄として保証します。 引き合いに出したのは身分の差だったが、妹が結婚を断ったのはそんな理由ではない事を自分は知っている。 つらつらと言葉を並べていたピオニーが、急に自分の名前を呼んだ。 「ジェイド、聞いてるのか?ジェイド。」 「聞き流してました。」 「きっぱり言うな!ほら、あ〜ん。」 ジェイドが大きく開いたピオニー喉に指を突っ込むと、相手は大きく咳き込んで怒鳴る。 「ゲホッ、ゲッ、何しやがる!!」 「気色が悪いのでつい…。」 「土産だ!最初に言っただろう!」 ピオニーの指先に、故郷で幼い頃に食べたお菓子が摘まれている。ほのかに香る甘い匂い。 「これは、また懐かしいものを。」 「だろ?折角だから、お土産にしてもらった、ネフリー&旦那作だ。」 そういうと口に放り込む。ゆっくりと上下に動く唇。満足そうに細められる瞳。 「食事前の口寂しい時によく食べてたよなぁ。」 一粒食べ終わると、また次を口に入れる。 まだ、口の中にそれが残っているのを見計らって声を掛ける。 「私にも頂けますか?」 「欲しくなったか?」 得意そうな笑みを見せたピオニーに、微笑む。 「そうですね。貴方がいなくて口寂しかったですから。」 その台詞に、皇帝陛下は再び固まる。 「どうしました?」 「変なもんでも喰ったのかと思って。」 引きつった顔から出てくる台詞は、なんとも知能指数を疑うものだった。 「これから、食べるんですよ。」 両手を使って、前もって書類を片付けた机の上に引き倒す。 背中を机に押し付けられて、目を見開いている皇帝陛下に問いかけた。 「貴方は、寂しくなかったんですか?」 意地悪く聞くと、頬を染めて瞳を揺らした。 「…帰ってすぐに、ネフリーの名前は寂しいですねぇ、ピオニー。」 「…っ。」 名前を呼ばれ、一瞬で頬は赤く染まり、慌てて顔を逸らす。 「止めろ。土産くらい、食…。」 「まずは、口付けから…ですか、これはまた随分可愛いですね。」 口腔の中に残る菓子の存在に気付き、ぎょっとする。 「いや待て、違っ…!?」 反射的に逃げようとした顔を両手で抑え込むと、唇を重ねる。まだ溶けていない砂糖菓子の甘さと共に、久しぶりに感じる相手の吐息を咀嚼した。 「ネフリーに嫉妬すんな、あほ。」 開放された、浅い呼吸が利いた憎まれ口が、もう一度塞がれると後は吐息のみ。 〜fin
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