二人きりの密室


 振り返った顔は蒸気で赤く染まり、濡れた金髪に水滴が滴っていた。褐色の肌にまとわりつく髪は、なんとも言えず艶めかしい。
 自分の姿を見咎め、躊躇いなく湯舟から上がる肢体に、傅かえていたメイドがバスタオルを捧げる。人前に自分の身体を晒すことに羞恥は見られない。
 人々の視線に晒され、傅かれる事もまた皇帝の仕事の一部なのだ。
 その上、隠す必要など欠片もないほどに整った肢体だ。その端正な顔立ちとの調和も申し分無く、他人に見せてしまうのは、惜しいと感じる以外に生じる問題もない。

 宛われるのは如何にも高級そうに見えるタオル。片方は身体に巻きつけられ、もう片方は手渡された。それで顔を拭き、隙間から視線だけこちらへ送る。
 『何かあったのか』と問い掛ける蒼穹の瞳に頷いた。
 そうすると一度だけ、目を閉じて前髪を後ろにたくし上げるが如く、タオルで顔を覆った。
 身体中に残る水滴をで拭こうとしたメイドの手は、押し留められる。

「こいつと話しがある、さがっていろ。」

 堂々とした声は、腰にタオルを巻いただけという、本来笑いを誘いかねない状況でさえ威厳を感じさせる。
 一礼すると浴室を出ていくメイド達を見送って、ジェイドは前に踏みだした。

「どうした、ジェイド?」
「何を於いても…とおっしゃっていたのでお持ちしました。」 「ああ。」
 差し出した書類に対しての反応は早く、前髪から滴る雫を何度もタオルで拭きながら、書類に指を滑らせた。
  滑らかな褐色の肌が視界をせわしなく上下する。
 触れれば気が付くことなのだが、筋肉自体が柔らかい。それ故か、決して細くはない体型なのに、しなやかな印象を受ける。
「…問題ないな。明日最初の議題にする。」
「御意。」
 書類を仕舞い退出しようとすると目が合う。両手で頭を拭きながら、ふと笑みを浮かべた。
「そういや、お前がスパでローブを脱がないとお嬢さん方に苦情を言われた。」
「おや、そんなことを?」
 微笑み返すと、『皇帝が入墨させてる』だの『肌を見せるなと勅命を出してる』だのと誤解され気分が悪いと抗議される。
「今度は出し惜しみせずに見せてやれ。」
 そんな言葉に、苦笑した。
「細いという形容詞は男としては、屈辱に近い言葉ですからね。貧相な身体を晒したいとは思いませんよ。」
「痩せすぎはサフィールの奴だ、お前じゃない。肋骨が全部くっきりみえるんだよな。がらだな、鶏ガラ。」
 そういうとケラケラ笑う。
「鍛えておりますし、まぁ、それなりに力はありますがね。」
 ちょっと失礼。そう言うと、ピオニーの背中と膝の後ろに手を回し抱き上げる。
「うわっ!?」
「ああ、上がります。」
 その状態で数歩進み、一言。「全然いけますね。」
「…いけてない…俺は情けないことこの上ないぞ…。」
 暴れださないのは、濡れた大理石の床で滑れば危ないという懸念が其れを押し留めているだけ。裸身にタオルを巻いた格好で横抱きされる。面白くない状態であることは容易に想像がついた。
「…ジェイド…。」
 焦れたように掠れた声が名前を呼ぶ。怒るぞと言葉が続く。
「ああ、新婚初夜に花嫁をベッドへ運んでるようだと思いまして。」
 今がそれで、此処に誰も来ないのでしたら私も脱ぐんですけどね〜と付け加え、暴れ出す前に開放する。

「実のところ、彼女らの前では裸になることはないでしょうね。」
「…。」
 何故とは聞かない相手を残して、一礼をする。
「俺と二人きりなら、脱ぐ…のか?」
 問いかけられた言葉には、微笑みだけ返した。

 軍人として、そして一人の人間として、全ての警戒を解き己を晒せる人間は、ひとりしか存在しない。


つまり、そういう事なのだ。


〜fin



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