デ・ジャ・ヴ


 金糸が上下に動いた。
その目は未だ驚愕の色を隠せないでいて、自分の告げた言葉が正確に何の事なのか…は確信してはいないと思える。
だが、理を見ず論を飛び越えていくような男だ。
 勘づくのは時間の問題。

 『参りましたね。』ジェイドは一人語ちた。

 勿論自分がしてしまった行為が原因ではあったが、二十数年隠していた事をあからさまに暴かれるとは思ってもみなかった。

 目の前の男がそれを覚えているなどと欠片ほども思っていなかった。
何の反応もないのだから、目は開いていても意識を喪失していたと思っていた。
勿論その話が、ピオニー本人から出た事など無い。
 当時の自分は誰かに惑わされて正常な思考を放棄するなどと恥だと感じて、ネフリーにもサフィールにも何だか理屈をつけて口止めをした記憶もあるから、後で、二人から聞いたということはないだろう。
 こうやって年を重ね、過ぎてしまえばどうこう言う類の行為では無いのだが、一度隠してしまうと、それ自体が本当に特別なものであるような気がして、改めて言い出す気にはなれなかった。
 
 それが、あの目だ。
涙を纏い、碧いガラス玉のような瞳が、感覚を戻した。
 失うという、途方もない恐怖を伴う記憶が身体を支配した。

「なぁ、ジェイド…。」
 ジェイドの胸ぐらをつかんだまま、不自然なまでに近付いていたピオニーの顔が悪戯な笑みを浮かべる。
 覗き込んだ碧い瞳には、もう、疑念の色を見つけられない。
「俺が…どうかしてるって?」
 にまり…とでも言うように口角が上がった。
「どうかしてるのは、お前…だよな?」
「さぁ、それはどうでしょうね?」
 ほう…。そう口にするが早いか、ピオニーは掴んでいたジェイドの服から手を放して、その首に抱きついた。そして、

「貴方以外の誰がサフィールの後始末をするんですか、勝手にいなくならないで下さい!」

「…っ!?」
「参ったか?」
 ふふんと鼻を鳴らして、得意気に自分を見つめる皇帝陛下に溜息が出た。

 自分達も弱みを握りたいとルーク達が言っていましたが…どうも貴方達では無理のようですね。何故なら弱みは…。
 
「仕方ありません、降参しましょう。…という訳でお仕事です。」
「おう。」
 片手をジェイドに回したまま、ピオニーは彼が取り出した電信を覗き込む。
「ケテルブルグからです。大規模な雪崩の兆候があるそうで、至急拡散の為の措置を…という事ですが。明日の会議の議題ですね。
 最も、決まらなければ、手遅れも考えられますが…。」
 ピオニーは大きく首を横に振ると、眠っているぶうさぎを避けるように机に向かい、奉書をしたためる。
「今すぐ手配しろ、指揮権はお前に預ける。…死んでく奴はとめようが無いが、この位の手助けは出来るだろう。」
 まるで自分に言い聞かせるようにそう付け加えると筒を放り投げた。
胸元で受け取り、ジェイドは苦笑いをする。
「また勝手に…議会が怒りますよ。」
「いいんだ。俺が怒られて誰かが助かるなら問題無い。紙切れ一枚ケチケチすんなよ。」
 そう言うと、満面の笑みを浮かべた。
「全く貴方という方は…。」
 
 それは、軽い目眩を覚えるような、感覚。

彼を失いたくないと、そう告げた感情によく似ていた。
 

 
おまけ

「お前、もうひとつ電信持ってるじゃないか、それは?」
「ああ、これは私が戻りましたら改めて報告致します。ロクな報告ではありませんから。」
「ふ〜ん?」

『電信 シェリダン
以前より、毎晩勝手に工房を使う賊が出るという報告をしておりましたが、あまり度々なので、今夜は発見した際に報告いたします。賊の特徴は、細身で銀髪…。』

…それはまた、別のお話しで…。


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