デ・ジャ・ヴ


 妹の腕の中で、それは目を開けていた。
自分のものと対照的な綺麗な蒼いガラス玉は、しかし、見知った少年のものではなかった。いつも自分を見つめていた瞳に今は何も映し出そうとはしていない。
 まるで、そう、人形。

 視覚を釘付けにしたそれを見たとき、もう一度作ればいいと思えなかった。
 何故なら身体は此処にあるのだ。データを取ったところで同じ物しか作れない。
 何も失っていないはずなのに、どうして動かないのだろう。機能が停止している風でも無く、壊れているようにも見えないのに。

 一瞬足元が崩れるような感覚があった。信じられない言葉が頭に浮かぶ。

『無力』

そんな…馬鹿な…。
妹の腕から奪いとる様に肩を抱き寄せた。暖かい身体。聞こえる鼓動。
なのに何故…届かない。全ては、この両手の中にあると言うのに…。

身体が震える。


全てを失う気がした。



 沈黙は、それなりの時間続いた気がした。止めてしまった動きを再開するのに相応の時間が必要だったのだ。
「ジェイド…。」
 金糸を両腕で抱き込んだまま、ジェイドは溜め息を付いた。ゆっくりと腕の力を緩めると、ピオニーが自分を見上げる。
「どうしたんだ…?」
 瞬きを繰り返す碧い瞳は、ただ、驚いた風に大きく目を見開いていた。
諦めも憂いもその深淵に沈み姿を隠している。ただ、頬に残った涙の跡だけがそれの存在を伝えた。
 
「どう…?」

 独り言ともとれる呟きが、形の良い唇から漏れた。
「どうかしているのは、陛下の方でしょう?」
 低い声は苛立ちを感じさせた。ピオニーは眉を潜めて、自分を抱き込んでいる男の顔を凝視する。眼鏡の底にある緋色の瞳もその表情も普段となんら変わらない。
「俺が、お前の気に触るような事をしたのか?」
「ええ。」
 問いただすと、嫌味すらなく率直に返ってくる答えにピオニーは確信する。
理由はわからない。けれど、こいつは本気で怒っているのだ…と。  ピオニーは諦めたように肩を竦めた。理詰めのこの男から、自分がどんな言い逃れが出来るというのだろう。白旗を掲げるのなら早い方が良いに決まっている。
 少々不本意ではあったが、自分が悪いのなら謝るぞという意味を付け足すつもりでもう一度問いかけた。
「……弱音を吐いたから怒ってるのか?」
 なぁと、聞く。
「それとも、死んでもいいなんて思ってたとわかったからか?」
 しかし、今度は言葉は返らない。
 その代わり背中に回されていた腕から力が抜かれ、その腕の中から開放された。ジェイド自身はそのまま、すっと一歩下がり、ソファに座ったままのピオニーに軽く一礼する。
「…失礼致しました、陛下。」
 そう告げた低い声は変わりなく、ジェイドの怒りは収まっていないことを伺わせた。
「おい…?」
 怪訝な顔のピオニーに答えるでもなく、ジェイドは言葉を続ける。
「では、中断してしまいましたが、ご報告の方を……。」
「も、いい加減にしろ!何なんだよ!お前は!」
 流石に堪えかねたのか、そう叫んで立ち上がったピオニーは、ジェイドの胸ぐらを掴むと睨み付けた。しかし、ジェイドは無表情のまま彼を見下ろす。
「どういうつもりだ…。説明しろ。」
「……それは、御命令ですか?」
 ピオニーは、ぐっと唇を噛み締めるとジェイドを見上げた。
「俺は幼なじみのジェイドに聞いてるんだ。…ああやって、俺を抱き締めてくれたのは、俺を助けてくれたジェイドだ。」

 え…? 途端…ピオニーの目が大きく見開かれる。

 あり得ないものが、目の前にあったのだ。
「…覚えているんですか…?」
 そう口にした男の頬が、凝視しないとわからない位だが…確かに赤かった。


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