単身赴任編 視線がかち合って、ピオニーは舌打ちをする。 階段を挟んで、向かい会うのはマルクトの少将。にこやかに微笑まれ、ますます眉間に皺が寄った。 「お迎えに上がりましたよ、陛下。」 恭しい仕草で胸元に手を当てた。従えていた二人の兵士が駆け上がろうとするのをアスランは手で制す。正式な訪問では無い以上、騒ぎを起こすわけにはいかないし、彼の姿を間近で見ていたトリトハイムと遭遇するのも拙い。此処は穏便に、彼を手中に収めたい。 「こうしてお会い出来た貴方に、二度と無礼な真似は致しません。どうか、寛大な御慈悲持ってお戻りください。」 「嫌だ。」 「また、聞き分けのない事を仰る。」 邪気の欠片も見いだせない笑顔をその貌に浮かべ、アスランは微笑んだ。 「今、タルタロスは飛行譜業と交戦中だそうですが、ご存じですか?」 「知るか、そんなもん。」 不機嫌きわまりないピオニーの言葉に、アスランは弧の形に上げていた唇の端をやっと降ろした。 「シェリダンで飛行譜業を強奪した犯人は、少女を人質にダアトへ向かったそうです。」 確信を持ったアスランの一言は、ピオニーの顔色を変えさせた。自分を睨み付けていた視線が彷徨うのを満足そうに見つめ、ゆっくりと階段を上がる。 「…お前、わかってて攻撃を…。」 「強盗に情けを掛けるような事は、マルクト軍の名に掛けてございません。 しかし…皇帝自ら恩赦のお言葉を頂けるのでしたら、こそ泥一匹見逃すのは簡単だとお思いになりませんか?」 ぐっと相手が息を飲むのが見えた。卑怯者と唇が動く。それでも、場を動かないピオニーに、ある種の確信を持ってアスランは手を差し伸べる。 「さあ、陛下。」 痛い位に自分を睨むピオニーの視線を、歓喜と共に受け止めながら自分の勝利を確信したアスランは、突然大きく揺れた建物に、足もとをふらつかせ手摺を掴んだ。 ピオニーは、横にあった大窓に視線を向け、澄み渡る青空に浮かぶ幾つも上がる煙とこちらを目指して、真っ直ぐに飛んでくる何かを見つけた。 窓に駆け寄り、硝子に両手を押しつけ覗き込む。 機体の側にふいに現れる煙は、タルタロスの譜業せいだろう。その度に大きくぶれる機体。しかし船首はこちらを向いたまま揺るがなかった。 両翼からも尾を引く煙にピオニーが顔を顰めた時、硝子に置いた両手は、アスランに掴まれ引き剥がされる。 「離せ…っ!」 藻掻くピオニーをアスランが押さえ込もうとした時、廊下に面した扉が開き、先程の揺れを確認しようと教団の人間達が飛び出してくる。その中には、ヴァンや導師達の姿もあった。廊下にいた人影に驚きの声を上げる。 「陛下!…将軍!?」 最初に反応したのは、ルークだった。アスランとピオニーの間に割って入り二人を引き剥がす。ヴァンの視線はアスランに注がれた。 「少将これは何事です…!?」 「アルビオーレがならず者に略奪されておりますので、タルタロスが応戦を…。」 「何!?」 苦々しい視線を送り応えるアスランの背、窓に写るアルビオーレは、フラフラと教団内の端にある塔へと近づきつつあった。 それを見遣って、ピオニーは方向を定め走り出す。 「陛下!?」 「あれには、死霊使いが乗っております。ヴァン総長何卒!」 アスランは、そう叫ぶとピオニーの後を追う。二人の兵士も後に続いた。事情を察し、走りだそうとしたルークの前には、ヴァンが立ちはだかる。ルークに添うようにガイも剣を抜いた。 「ガイラルディア様。」 「俺は、お前の所行に乗るつもりはない。陛下も死霊使いも俺の友人だ。邪魔をするなら、力づくで押し通るまで。」 「…ご立派です。参られよ。」 機体は直撃こそ避けてはいたが、確実にダメージを積み重ねていた。こんなところを飛び回っていれば仕方の無い事だが、目的の人物を発見するまでは離れる訳にはいかない。この騒ぎだ。何処かに閉じこめられていても窓に姿を見せるに違いない。 そう考えたジェイドの思惑どおり、一度は確認出来た。忌々しい事に、その腕を拘束した少将の姿も一緒に。 もっと近くにと方向を変えたアルビオーレの進路は読まれていたらしく、直撃を喰らい、扉が吹き飛ぶ。ジェイドは片手で隔壁の内側を掴み、辛うじて身体を支える事は出来た。しかし、他のすべてを突風が後ろへ押し流して行く。 機体が先程とは比べものにならない程大きく軋んだ。一瞬で機体が落下する。 「ジェイドー−−−−−!!!」 教団の塔。螺旋状に回された階段から身を乗り出した人物の悲痛な声が響く。しかし、高度を保てない機体は堕ちるしかない。 落下の最中にピオニーを追う少将ともすれ違う。ジェイドの目に、笑みを浮かべたアスランの姿が写った。 ジェイドの舌打ちを聞き、暴れ回る操縦桿をノエルと二人掛かりで抑えながらディストが喚いた。 「このまま、引っさらいなさい!!ジェイド!」 「貴方なんかに言われるまでもありません。行きなさい、上です!」 ジェイドの言葉に、二人は大きく頷いた。 「あぁ!?」 視界から消えた機体に、ルークの声が上擦る。 生まれた隙を見逃す程、ヴァンは甘くは無い。振り上げた剣を受け止めたのはガイだった。 「ルーク!ジェイドの旦那を信じろ!性格は最悪だが、実力は本物だ!」 ガイの台詞に、ルークは一瞬目を点にしてクスリと笑う。 「わかった!」 力負けをする前に剣を弾いたガイの後ろから、回り込んだルークの剣がヴァンの脇を掠めた。剣先に係った服はパックリと口を開ける。ヴァンはくっと唇を歪めた。 「劣化品にしては、なかなかの腕前だな。」 「まかせろ。必ず、あんたに認めさせてやるさ。」 剣を握り直し、ルークは再度ヴァンを睨み付けた。 階段を登りきったアスランの眼に、足場ぎりぎりに身を寄せるピオニー。 自分の姿を認めると、屋根の限界まで後ずさっていた足をなお後ろへと滑らせる。塔へと吹き上がる海風が、彼の金髪を乱していた。 「何処まで逃げるおつもりですか?」 やさしく声を掛け、ゆっくりと屋上へ片足を踏み入れる。 此処は行き止まり。アルビオーレもあれでは航行不能だろう。痛い程に自分を睨み上げる蒼穹に、胸が掻きむしられるように苦しくなる。 今度こそ我が手に…望むままに踏み出そうとしたアスランは、背中に直撃する轟音に振り返る。機体を斜めに傾いだアルビオーレが、噴煙を撒き散らしながら浮上するのが眼入った途端、爆風が身体を飛ばした。 遮るもののない場を、爆風が舐めていく。 その風の中ピオニーだけは、大きく腕を広げた。「ジェイド!!!!」 「何っ…!」 跪いたアスランの上を通り過ぎ、ピオニーの横をすり抜けると同時にその扉から差し出された死霊使いの腕が皇帝の身体を捉える。躊躇いなく回されたピオニーの腕越し、緋石が勝ち誇った様に輝いた。 一瞬の間。 アスランは飛揚していくアルビオーレをただ見送り、攻撃停止を指示する以外何も出来はしなかった。 瓦礫の中に、光を放つものが目に入りアスランは跪く。小さな瓶に入った金色の糸。目を細めた。 「それは?」 ヴァンの問いにアスランは、ふと笑みを浮かべた。 「死霊殿の忘れ物…でしょうか? 恐らく、陛下のものですね。ガルディオス家の方々はどうなさいました?」 導師殿の計らいで、ダアトを離れました。そう答えて、ヴァンは懐にしまった洋紙を取り出した。 「お渡ししておりませんでした、これを。」 「成程、これは有り難い。」 中を確認したアスランは、クスリと笑う。「立派な功績です。こちらもそれに報いなければならないようですね。」 お互いに本命は取り逃がしたものの、成果はあった。問題はこれからの『一手』をどうとるか…だけだ。 と、緑の少年がふんわりと微笑む。 「大変楽しませて頂きました。これは、僕からお二人に贈りものですよ。」 差し出されたディスクは、ユリアシティでルークに手渡されたものと同じ代物。 「これからも頑張ってくださいね。」 邪気の欠片もない笑みに、アスランもヴァンも爽やかな笑みを返す。 「勿論です。お委せ下さい。」 家族団欒編に続きます。 content/ next |