新婚旅行編


「げほっ、何が起こったんだ。」
 咳き込むピオニーの背中を撫でてやりながら、ジェイドは笑う。
「ヴァンですよ。此処で陛下がマルクトの手に渡ってしまえばご褒美がなくなりますからね。ちゃっかりしたものです。」

「これでよろしいですか?総長。」
「すまんな。リグレット。」
 煙花火を打ち出した銃を仕舞い、ヴァンと共に立ち上がる。
「ラルゴが追っていきましたが、私達は彼等を追わないのですか?」
「キムラスカの子爵が同行している以上、下手な手出しは出来かねる。ここは、導師にお願いし、正攻法で行くことも考えねばなるまいな。」
「……どの緑にお願いされますか?」
 適切なリグレットのツッコミに、ヴァンは左手の指を四本立てて順番に右手で差しながら首を傾げる。
「腹黒、素黒、根黒、天然…。」どれにするかなぁ。そう呟くと、花占いのように好き、嫌いを繰り返した。(←どのイオン様も苦手なのです)


 谷沿いに降りていけば、アッシュの姿が垣間見えた。
その横にだだっこパンチを繰り返すルークを嬉しそうな顔で宥めてるガイの姿もある。アッシュは二人の姿を見つけると手招きをした。
 呼ばれるままに向かった二人は、茂みの中に隠された機体に眼を見開く。
ほぉと言い、ジェイドは機体に手を触れる。「これは、アルビオーレですね。」
「シェリダンで運営されているっていう、飛行譜業?」
 物珍しそうに見つめるピオニーに頷いた。
「そうですよ。アッシュ、貴方これでキムラスカから来たんですか?」
「ナタリアに見つかると、付いてくると言うからな。これなら…。」
「私がなんですの?」
 開いた扉のなかから、ひょっこりと顔が出た。アッシュの鶏冠がピンと立ち、驚いているのがわかる。
「まぁ、ガイ、ルークお久しぶです。お元気そうで何よりですわ。」
「ああ、久しぶり。相変わらずナタリアは美人だなぁ。」
 天然気障男は、天気でも口にするようにさらりとそう告げ、二人の赤毛から睨まれる事となった。
「どうしてここに?」
「お屋敷にお伺いしたら、アッシュが乗り込んでいらっしゃいましたので。」
そう言うと、眉を顰め悲しそうな表情になる。「私、何かいけないことをしてしまいましたか?」
「なにを言う、ナタリアが悪い事などあるはずなかろう!」
「…アッシュ…。」
 口元に手を当て、頬を染めながら微笑む相手に、アッシュの鼻の下どころかその鶏冠まで垂れ下がる。
「馬鹿っぷる…。」 
 頬を膨らませて言うルークの頭をぐりぐりっと撫でて、ガイは苦笑いをした。
「ま、これでキムラスカまで、ひとっ飛びだな。」
「そうは、させるか!!」
 がさがさっと大きな音を立てて、勢い良く茂みから出てきたラルゴは、アッシュの横に立つ少女を眼にして動きを止めた。
「メリル…。」
「まぁ、お父様、何をしていらしゃいますの?」
「いや、散歩だ…では、御機嫌よう。」
 あの図体で、しとやかに手を振る気色の悪さに男性陣が固まる一方、ナタリアは『御機嫌よう』と返し会釈をした。
 顔を上げると、ラルゴと視線が合う。何か?という表情に「シルビアに似てますます綺麗になった」とぼそぼそ言葉を返して、再び茂みに戻っていく。
 まるで、野生に帰っていく熊のようだと皆思う。
「お父さん?」
こくりと頷くナタリアに「うわ、世間せまっ。」とピオニーが呟いた。



「まぁ、ルーク!お帰りなさい!元気でしたか?」
 玄関をくぐると駆け寄ってくるのは、ファブレ侯爵夫人。あれやこれやと、ひととり心配してこう尋ねる。
「お小遣いは足りてる?」
 そう言って差し出される金額は半端ない。甘やかしすぎだとアッシュが唸る。
「奥様、これでは反対に盗賊に狙われてしまいますから。」
 そう言ってガイがとりなし、盗賊!?と驚く彼女には、「俺強いから」とルークが威張る。
 見たこともない額のガルドを目の前に、ジェイドなら『頂いておいてはどうですか?邪魔になるものじゃなし。』位言うのかと、ピオニーが彼を覗き込む。
 しかし、ジェイドは意に反し真面目な顔でこう告げた。
「ピオニー、貴方には話しがあります、アッシュ、部屋をお借りしていいですか?」
「ああ、奥の客室を使え。どうせ、夜も遅い今夜は寝てしまってかまわん。
 細かな事情は明朝に聞く。」
 アッシュの隣で、眼を擦りうとうとしているナタリアを見てジェイドがクスリと笑った。ナタリアは彼の肩に頭を預けて、いまにも眠り込んでしまいそうだ。
「何だ、言いたい事があるのか、眼鏡。」
 頬を染めたアッシュが、また唸る。
「いえいえ、紳士だと申し上げただけですよ。では、ご好意感謝します。」


 
「…話って、これからの事か?」
 客室のベッドが高級品で躊躇いながら腰を下ろしたピオニーに、ジェイドが頷く。
座らないのかという問い掛けに、ジェイドは首を横に振った。
「マクガヴァン老師に言われました。貴方は似すぎていると。」
「だから、ずっと狙われるっていいたいんだろ。」
 サラリとした絹の滑らかな触りを掌に感じてピオニーはふいに、グランコクマを思い出す。軟禁されていた部屋のベッドも同じく絹。びくりと両手を引っ込めた。
「貴方が偽物にしろ、本物にしろ証拠がありません。相手がそれをでっち上げる前にそれを確かめたいと思います。ユリアシティには、失踪なさった殿下のデータが残っているそうですので、貴方のデータとそれをベルケンドで照会したいと思っています。」
 コクリと素直に頷く。サラリと金髪が揺れ、ジェイドは眼を細めた。
「納得して頂けて結構です。…では、もうひとつ、これから先には貴方を連れて行く気はありません。」
 弾かれたようにピオニーは立ち上がると、勢いのままにジェイドの胸ぐらを掴んだ。しかし、冴えた美貌は顔色ひとつ変えない。
「なんでっ、俺も行く!。」
「駄目です。貴方は、此処にいてください。如何にマルクト軍とはいえ、キムラスカの首都、それもファブレ侯爵のところへ強襲するほど馬鹿ではないでしょうから。」
 ぐっと腕に込めた力で、もつれ合うようにベッドに倒れ込む。相手に馬乗りになって、ピオニーはジェイドを睨み付けた。
「足手まといなのはわかってる。でも、俺は…!」
「聞き分けのない子は嫌いですよ。」
「勝手なこと…。っ…!?」
 顎から首筋にジェイドの指がゆっくりと動く。いつにも増して、色を深めた瞳が自分を見つめた。
「優しく出来る自信がありませんよ。ピオニー。」
「…な…にを?」
 間の抜けた答えに、ジェイドがクスリと笑う。自分の両脇に置かれ、彼の体重を支えている腕を抱き込むと身体はあっさりと自分に重なる。逃げられないように抱きすくめ、首筋に顔を埋めた。



「こんなの…嫌だっ…ジェイ…ド!」
 抵抗が半端ないのは、ピオニーが感じているものが快楽などではなく、明らかな苦痛と恐怖であることを示唆している。
 大きく見開かれた蒼い瞳からボロボロと涙を零して、金髪を散らす姿は思っていたとおり、情欲をそそるものがあるが、本人にとってはさぞ迷惑な事だろう。
「…ジェ…イ…!」
 最初から自分の名を呼び続ける唇を、息が出来ないほどに長く塞いでから開放してやる。
「教えておきますよ、ピオニー。」
 抵抗を忘れて瞼を閉じている相手に囁くと悲鳴を噛み殺して、睨み付けてくる。
「何…をっ…だ。」
「他の男の名を呼ばれれば確かに萎えますが、自分の名を連呼されれば燃えますよ?気を付けて。」
「ふ…ざけんなっ…。」
 ピオニーはそう言うと、ジェイドの首に腕を回してしがみつく。
「心配だったら…俺を…一人にするな…。置いて、行くな…。」
 罵られるかと思うと、告げられるのは情深い言葉。激痛で自分自身の感覚もおぼつかない状態だろうに、自分に縋る腕の力だけは確かで揺るぎない。
「貴方という人は…。」
 汗にまみれた肩に頬を寄せると、そこから熱が広がっていく。
眼差しに揺るぎない相手を手放す自信がないのは、誰あろう自分自身で、離れがたいのも己の心で。
「私を忘れないでくださいね、ピオニー。」
 背中に強く腕を回し、耳元に所有の跡をきつく残してやると一瞬だけくしゃりと笑った。

 

 門の前に三人。見送りはアッシュのみ。
「暴れられても迷惑なんだが…。」
「足腰立たないようにしておきましたから、2、3日は動けないと思いますよ。」
 笑顔で告げられたジェイドの言葉に、アッシュは顔面を片手で覆うと首を横に振る。非常識も甚だしい。
「……彼を頼みます。」
 しかし、普段聞くこともない柔らかな響きは、アッシュの表情を変えさせる。
「…ジェイドは、陛下と離れてても気にならないのかよ?」
「さあ、どうでしょうね。先に行きますよ。」
 にっこりと嗤い、歩き出すジェイドの背中を見つめてガイは溜息を付いた。はぐらかされたルークは鼻息は荒い。
「どうだろうね。あの自信。」
 不貞腐れた顔のまま見上げたガイの表情が悲しげで、ルークは顔を顰める。
「どうしたんだ、ガイ?」
「自信なんか、ないのかもな…。」
「え?」
「相手に自分の痕跡を残しておかないと離れられない位、不安なのかもしれないと思ってさ…。」
 自分に向けられたガイの笑みがやけに寂しげで、ルークはガバッとガイに抱き付いた。「俺はずっと一緒だからな!ずっと、ずっと一緒だからな!」
 口をへの字にして、自分を見上げるルークの額にガイは幼子にするように、口付けを落とした。
「俺はいつだって、そのつもりだぞ?」
 ルークは自分よりも背の高いガイの頬を両手で掴んで、唇を重ねる。
「誰にも渡さないからな! 顎髭あざらしになんか絶対に駄目だからな!」
 『な』に力を込めてから、頬を染めたままジェイドの後を追う。
 あっけにとられたガイは、これまたあっけにとられたアッシュと目を合わせ、クスリと笑い合うと二人の後を追った。


単身赴任編へ続きます。


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