新婚旅行編


「…何処かの馬鹿っぷるを思い出す。」
 アッシュは不機嫌そうな表情を隠そうともせずに、ルークを見た。
 瞬時に『アッシュとナタリアだって充分馬鹿っぷる』と反論しようとしたルークの目に、キョロキョロと辺りを見回す兄の姿が映る。
「どうしたんだ?アッシュ。」
「黄色頭が見えない…。」
 無言で、ピオニーを示したルークにアッシュは噛みつく。
「きさまは話の流れってものが、読めんのか!?『お前の』番いの相手だ!屑がっ!」
「え、ガイ?…ガイは宿で…。」
「そういえば、息子は陛下をお助けするのだと、兵を連れ張り切って宿へ向かったがどうしたんだろうのぉ。」
 顎髭を手で撫でつけながら思い出したように呟いた老人の言葉に、ぶひぶひとブウサギが同意した。そして、ピオニーとルークが声を上げる。
「「ええぇぇ!?」」



「違います。」
「だから、違うって言ったろ?」
「いや、しかし…。」
 先程から、この順番で台詞が繰り返されている。
説明をするまでもないが、上からフリングス将軍、ガイ・セシル、グレン将軍。
 ふぅと溜息をつくと、アスランはガイを指差した。
「陛下はこんなではありません。」
「こんなとは、どういう意味だ、こんなとは!?」
 ガイの抗議と不審そうなグレンに『そうですねぇ』とアスランは瞼を閉じた。
「陛下の髪は、まるで太陽の光をそのまま写し取ったかのように輝いていますし、瞳は澄んだ泉もしくは深淵を写す蒼穹のごとく深い色です。
それでいて、その瞳の強さときたら…。(此処で含み笑いをする)
 姿形は神の手により遣わされた造型氏の手による絶妙の均衡を感じさせる微妙さで、褐色の肌はなんとも言えずに艶やかで手触りも良いい。
 表情がまたお可愛らしいくて…。」
 延々と続く賛辞に、そりゃまぁ陛下も整った方だけどそこまで言われたら妄想の域だとガイが眉間に皺を寄せていると、グレンも眉間に皺をよせている。
「…違うような気がしてきました。」
「でも、あの男の話ともちょっと違います。…いや、かなり…?」
「そうなんですか…?」
 少し不安気に聞いてくる姿に、ああこの人はいい人なんだなぁとガイが結論づいた頃、やっと満足したのか、アスランがグレンの方を振り向いた。
「でも、その男を連れて来てくれた事には感謝しますよ。」
 そして笑う。
「どうか、セントビナーに戻られたら、彼の仲間にお伝え願えますか。ガイ・セシルは私達が保護していますと。」
「それは、彼が人質という事ですか?」
 グレンの表情が険しさを増す。ガイは、驚いた顔でそれを見つめる。
「貴方は陛下を保護するようにと言われたが、聞きおよんでいる事と事実に相違があるようですね。」



「どうすんだよ!?」
 ルークの噛みつき攻撃に怯むようなツンデレではない。ジェイドは、ふむと顎に手をやり、考えているような素振りをしながら、おもむろに側にあった石ころを拾う。
 そして空に放った。暗闇に吸い込まれたと思うと、衝撃音とともに空から椅子が振ってくる。
 後頭部に石の直撃を受けてヒクヒクしている人物に、ピオニーはにこやかに話し掛けた。「ディスト!久しぶりだなぁ、元気だったか?」
 その呼び掛けに、ディストは元気良く跳ね起きる。
「元気なわけないでしょう!? この状況下で、そんな挨拶する人がどこにいるんですか!?、馬鹿ですか、貴方は…。」
 拳骨の音共に、ディストは再び頭を抱えてしゃがみこむ。ジェイドは彼に向かって手を差し出した。
「ふざけていないであれを出しなさい、ディスト。」
「あれですか?ちょっと待って下さいよ。」
 ディストが椅子の引き出しから取り出したのは、人が一人通れる程の扉だった。どんと地面に据え付けると『ど●でもド●ア〜!』と言い放つ。
 その顔は得意満面。背中のエリマキトカゲも輝いている。
「何だそれ?」
 首を傾げたピオニーに、ジェイドはこうするんですよと蝶番に手を掛けて開いてみせる。扉の向こう側には、落ちんばかりに目と口を開いた、ガイ・グレン・アスランが同じようにこちらを見ていた。
「扉を開ける人の脳波を感知して、行きたい場所に空間を繋げる音機関です。」
「ガイ〜〜〜!!!」思わず走り出そうとしたルークにディストがタックルをかます。
「何すんだよ!!」
「潜っちゃ駄目ですよ! 無理矢理空間を繋げてあるんですから、音素の単位で粉々になります!」
「んな危険なもん作るな!!!!」
「人類の夢…ですかねぇ。」
 眼鏡の端をキラリと輝かせて、ジェイドはうふふと笑う。そして、扉の向こう側に呼び掛けた。
「ガイ〜〜!貴方今何処にいるんですか?」
「え? 俺? タタル渓谷。」
「わかりました。」
 そうして、バタンと扉を閉じると『さあ、行きますか』と走り始めた。よしと後に続く仲間達のうち、唯一常識を知るアッシュのみが、成り行きについていけないで立ち竦む。
「何やってんだよ。アッシュ、ほら行くぞ!」
 呆れた声の弟に腕を掴まれ辛うじて歩き出す。半泣きになりながら「この屑どもがぁ!!!」という叫ぶ声が月夜に響いた。
 
「音機関すげぇえええ!!」
 そして、タタル渓谷ではルークに取り憑かれたようなガイの叫びが木霊していた。



「ルーク!アッシュも!?」
 拘束されていたわけではないガイは、彼等の姿を見ると軽く手を振る。そして、グレンはその人々の中に父親の姿を見つけて驚いた。
「父上!?」
「ああ、一緒させてもらっておる。お前もこっちへ来い。」
「はあ。」 
 そして、恋人の元へ駆け寄ったルークは、ガイの肩を揺さぶって『平気か』を連呼した。顔を真っ赤にし、碧の瞳を潤ませて必死に問い掛ける姿が可愛らしくてガイの頬も緩む。
 ポンポンと軽く頭を叩いて『大丈夫』だと笑った。安堵の溜息を付いてから、ルークは憤怒の表情でアスランを睨む。
「お前! 俺のガイになにをした!!」
「何もしてませんよ。興味はありませんから。」
 にっこり笑って答えるアスランに、ルークは拳を振り上げた。
「泣きながら、ジェイドの名前を呼んでた陛下を押し倒した奴の言う事なんか信用できるか!!!」
「…って、言うな馬鹿!!」
 慌てて、ルークの口を塞ぐも既に遅く、にやにやと笑うジェイドの視線に晒され、ピオニーは決まり悪そうに視線を逸らした。
「なるほど、私の名前を…ですか。」
「うっさい!」
 一言怒鳴ると、真っ赤になってそっぽを向く。
「「可愛いですねぇ。」」
 ジェイドとアスランの声が被り、お互いを視線の正面にいれる。二人の間で無言の牽制が行われている中、ガイはグレンに仲間を紹介していた。
「…んで、こっちが噂の陛下。」
 グレンに目を真ん丸にして見つめられ、ピオニーはますます不機嫌な表情になる。
「そんなに凝視するな。」
「……太陽の光をそのまま写し取ったかのように…澄んだ泉も…褐色の肌はなんとも言えずに艶やかで…表情がまたお可愛らしい…。」
 聞き取れない呟きを口の中に放出してから、小首を傾げるピオニーの左手をとると甲に口付けを落とす。
「い!?」
「忠誠を誓います! 陛下!」
「だから、違うって言ってんだろが!!!」
 ピオニーのローキックがグレンの急所にきまり、彼は膝を抱えて動かなくなった。途方に暮れたような表情を隠そうともせずに、アッシュは呟く。
「マルクト軍人とはこんな奴らばかりなのか?」


「だ、だって俺、ガイにもしもの事があったら、ガイの家族に何て言って謝ったらいいか…そんなのっ。」
「…何もなってないから謝らなくてもいい。むしろ謝られると困る…。」
 先程から、同じ言葉を繰り返し、しゃくり上げるルークの肩に両手を置いて、ガイは眉間に皺を寄せ深い溜息を付いた。
「家族いるんだ?」
「ガイの家族は有名な音機関馬鹿で、特に姉は、月刊音機関の表紙を飾る『アイドル』ですよ。ほら。」
 ディストは雑誌のグラビアをピオニーに見せた。金髪碧眼、ガイ似の美人がにこやかに微笑んでいる。へ〜っと感心の声を上げると、ガイは眉をへの字にした。
「だから、誰も伯爵の地位にこだわってなんかいないし、皆シェリダンで幸せに暮らしてるんだ。ヴァンは気にしすぎなんだよな。」
 そう言うと大きな溜息をつく。しかし、ヴァンの名前に先程の一件もありルークの目付きが明らかに変わった。不機嫌そのものの顔が、ガイを睨み上げる。
「…………ガイは、あんな顎髭あざらしの事気にするんだ……。」
「え?ルーク?」
「ガイなんて(ここでディストを突き飛ばす→渓谷から落ちる)大っ嫌いだぁああああ!!!!」
「えええ!?おい!ルーク!!」
 走りさるルークを、慌ててガイとアッシュが追いかける。
「やれやれ、では我々もおいとましましょうか。」
 ピオニーの手を取り歩き出そうとしたジェイドを兵が囲む。
「見逃すわけにはいきませんよ?」
 にっこりとアスランが笑う。「さあ、陛下をこちらへ。」
「ご冗談でしょう?」
 邪悪な笑みを浮かべて、ジェイドは庇うようにピオニーをアスランから遠ざける。
「別の男の名を呼ばれるほどに嫌われているのですよ。いい加減あきらめたらどうですか? しつこい男はますます嫌われますよ。」
「ご心配には及びません。誠心誠意、実力行使して、必ず私の方を向かせてみせますから、貴方こそ目障りなので消えて下さい。」
 アスランも微笑みは崩さない。両者に睨み合いのまま延長戦にもつれ込むかと思いきや、爆音と共にいきなりその場は煙に包まれる。


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