新婚旅行編 追いついて来たジェイドの袖口をピオニーがギュッと掴む。 「どうしました?」 「お前もあいつも譜陣を…。」 俯いたままそう答える。ああ、貴方も譜術師でした。水面化の牽制を感じ取る能力を持ち合わせていたんでしたね。 ふと前を見るとガイとルークは何事も無く歩いていく。私としたことが、一番知られてはいけない人物に気取られました。 「…心配させてしまいましたが、大丈夫ですよ。」 コクリと小さく頷いて言葉が続かない。黙々と歩く峠道、再びピオニーが口を開いたのは随分と時間が経ってからだ。 「これが…続くんだな…。あいつらに追いかけ回されるんだ。こうやって、手を替え品を替えて。」 ポツリポツリと呟く言葉。俯いたままの彼から表情は伺えない。 「陛下…。」 「ピオニー!」 二人の時くらい名前呼べ。強い口調で告げる。 「…俺、なんだってする。なんだって覚えるから…。ジェイドの足手まといは嫌だ。」 満天の星空で聞きましたかね、その言葉は。 平穏な世界へ戻すと言ったくせに、こんなに手放し難くなってしまいました。 ええ、キムラスカの信用のおける人物の下で庇護して頂くことが、最良の方法だとわかっていますよ。 そう、例えば、今向かっているファブレ侯爵のような方に…。 返事をしないジェイドに変わって、別の人物から答えが返る。 「じゃあ、俺達が剣を教えてやるよ。」 「でも、陛下は譜術師だから両手剣は不味いよな、旦那みたいな槍…は、携帯に不便だし、やっぱり、短刀の類かな、そう思うだろ?旦那。」 「…貴方達…、彼を戦わせてどうするんですか。」 呆れてジェイドは溜息を付いた。抗議の声には呆れた笑い。 「守らなければならない人物が、前に出てどうするんですかと言っているんですよ。下がっていて貰わないと私達が戦えません。」 理路整然とした答え。ピオニーが表情を曇らせ、ルークがムッと顔を顰める。 「でも、俺わかるっつーの!あんたの邪魔になりたくないって、気持ち。俺だって、ガイの足手まといになるのはぜってぇ嫌だ!」 悪戯にガイを喜ばせるだけの台詞ではあったが、ジェイドはもう一度大きな溜息を付いた。貴方にお願いすると心配なんですよ。と付け加える。 「そう興奮しなくても、必要最低限の事は『私が』教えますから。」 『さりげに過保護だ。』ガイとルークの感想は言葉ではなく、以心伝心で行われた。 「屑…。」 キムラスカ王国。首都バチカル。光の都と称される場所に、相応しくない言葉が連発していた。 「屑が、屑が、この屑がっ…!」 呟きは、重厚な創りの机に向かって吐き出された。 積まれた書類は、微かに揺れてふわりと落ちる。アッシュは額に掛かる赤髪を掻き上げた。 公式に訪れていた自分が、弟と幼なじみ及び疑惑の二人を伴って帰国することも出来ずに手紙を出してはおいた。が、こうやって待つ身になればただ気に掛かる。 何度目かの、口癖を書類に吐きかけようとした彼の耳に呼び掛ける声がした。 「久しぶりだねぇ、アッシュ。それで、要件なんだが…。」 性急に話し掛ける相手をアッシュは睨み付けた。 「何度も言うようだが、俺は六神将じゃない。勝手に名簿に名前を載せるなと何度言わせる、シンク。」 手に握られたペンが鈍い音を立ててへし折れた。窓辺に立つ緑の髪の少年が笑う。 「サインしちまったんだから仕方ないだろ。ヴァンが皇帝探しを手伝えってさ。最も身内が一緒らしいから、あんたには直接連絡はこないだろうけど。」 どうやら、告げ口をしに来たらしいシンクに、この暇人めとアッシュは唸る。 「導師イオンが愚痴っていたぞ、弟(フローリアン)の面倒も見ずに出歩いてばかりいると。とっとと、ダアトに帰れ!」 どんと、机を叩いてアッシュは立ち上がる。政務に必要な書類が舞い散ったのが横目に入り多少後悔した。 「家内制手工業な宗教団体の話はよしてくれよ。」 「とにかく、ルークは…。」 「まぁ、ルークが帰ってくるのですか?」 いつからそこに立っていたのか、キムラスカ・ランバルディア公国皇女ナタリアが喜びの声を上げた。 「では、お祝いの料理を作って差し上げなくてはなりませんね。ええ、みなまでおっしゃらないで、お委せ下さい、私が料理致します。これも、婚約者たる私の務めですわ!」 口を挟む暇もなく出ていく婚約者の弾む声を背中に、バイオハザード(笑)の準備までせねばならなくなったアッシュは、ぐっと書類を握り潰した。 それでも、惚れた弱みに勝てるものは無い。 「…屑がっ。」 「随分と苦労性だね、あんた。」 せせら笑うシンクの声に、アッシュの眉間の皺は更に深いものとなった。 苦労性ではなく実際に苦労しているんだと、ガイがいたなら代弁してくれたのかもしれない。しかし、彼等は、まだバチカルにはほど遠い旅路の途中だった。 「陛下こっちです。」 伸ばされる手を、掴むとぐっと引き寄せられて、纏の中に抱き込まれる。追っ手に向かって放たれる譜術、怯んだ隙を見逃さず距離を開けた。 「これで、何人目だ?」 額の汗を拭き、ルークがガイを見る。 「三人だな。」 昨日来たのは、ピンクの髪の女の子。しかし連れていた獣がピオニーに懐き不発。 (連れていたのはぶうさぎ?) その次は、緑の髪の少年。戦闘途中に呼び出しがかかり華麗に退却(どうも実家かららしい)、そして今日は、ごっつい男、時々ロケットを眺め、乙女チックに溜息をつく。あまりの気色悪さに、ルークが後頭部に向かって、石を投げた。 「だいたい、六神将ってなんなんだよ。俺聞いた事ないぜ。」 「あれは、ヴァンのコミュニティですからねぇ。」 「「え!?」」 流石のガイもルークとご同様に驚愕の声を上げた。ジェイドはにこりと笑う。 「特別に実権を握っているっていう代物ではないはずですよ。ダアトの組織でもありませんし、ご存知なかったですか?」 「だって、すっげー偉そうに名乗るんだぜ。俺てっきり…。」 「そうでなければ、いくら主席総長でも、ガイと懇ろに暮らしたいという私情の為に教団組織の力は使用出来ないでしょう。」 「いや、俺の事はいいから…。でも、確かなのか?」 「ええ、ディストが友達百人出来るからと誘われていったら、四人しかいなかったと怒って帰ってきましたからね。間違いありませんよ。 …そういえば、アッシュも騙されてサインをしたとか聞いた事がありますが?」 道理で、アッシュはダアトへ行きたがらないはずだと、ガイとルークに言葉は無い。そして、もう一人も沈黙を保っている。 「どうしました、陛下。疲れましたか?」 「…あ、ああ。」 寄りかかっていた、木から身体を起こし歩き出そうとしてふらりと前に倒れ込んだ。 「!」 ジェイドが胸元に抱き受け止める。横抱きにしながら、その場で膝を立て座る。 「体調が悪かったのなら、早めに言いなさい。」 ごめん…と小さく呟く声。汗で張り付いた前髪を撫で上げて、ジェイドは笑みを浮かべた。 「いえ、無理をさせているのは私の方でした。強行軍に貴方は文句ひとつ言いませんでしたからね。体調を崩して当然でした。」 「大丈夫か?」 心配そうにルークが覗き込む。 「屋根とベッドがある場所で休んだ方がいいでしょう。ここから、近い村は…。」 辺りを見廻して、ガイが答える。「セントビナーだな。」 content/ next |