新婚旅行編


本編はここからです。



 エンカウントは唐突。
面倒くさいから避けて通ろうなんて思っているのに、木々に隠れていて見えなかったりするわけだ。そういう時は、最初の一撃はくらっちまったりするし、囲まれてタコ殴りもあったりする。
 ガイと二人旅の時は回復の手段はアイテムだけだから、街々で真っ先に買うのはそれ。路銀が足らないと魔物退治を引き受けなくちゃいけなかったりで、何の為に戦うのはわけわかんね〜って事も度々だった。

 第七音素がゆっくりと身体に染み込んで、傷を癒していく。
俺も第七音素は使えるけど、回復は出来ない。どうして駄目なのかというと、素質の問題らしいからどうしようもない。
「ほい、完了。」
 集中していたピオニーがパッと顔を上げる。礼を言って、腕を見た。綺麗に傷が塞がっていて感心する。そういえば、ティアも使えたっけ。随分と会ってない友人の顔を思い浮かべる。ガイと出奔するまで、彼女には随分相談に乗ってもらった恩人だ。
「なんかさ、回復出来ると便利だな。」
「そうですね。グミを消費するだけが戦闘ではありませんからね。」
 それは俺が無駄づかいをしているという事かと、勿論ルークは膨れる。機嫌をとるのはガイの仕事だ。
「けど、流石にマルクトの人間だよな。陛下も譜術が使えるなんて思わなかった。」
 せっかくの褒め言葉だったが、ピオニーは『陛下』の部分でムッと顔を顰める。
 ガイは愛想笑いを返しながら「こう呼ばないとルークの機嫌が悪くなるんだよ」と言い訳を口にした。
「俺ばっか、上手く呼べないのズリィから、いいじゃん「陛下」で。こいつのことは、鬼畜眼鏡って呼ぶからさ。」
「お断りします。」
 指をさされたジェイドがルークににっこりと微笑んだ。
「では、貴方の事を屑と呼んでもいいですか?」
「いい訳ねえだろ!この悪の譜術師!!!」
「そうだ、そうだ!陛下なんで呼ぶんじゃねえよ!寒気がすんぞ!」
 便乗したピオニーの抗議をジェイドは聞き逃さない。笑みを崩すことなく、今度はピオニーの方へ矛先を向けた。
「未だに将軍閣下は諦めていらっしゃらないようですし、名前を呼ぶよりも、その方が安全なんですから。」
「けど、よりにもよって……『陛下』じゃなくても…。」
「聞き分けがありませんね〜。我が儘を言う口は塞ぎますよ。」
 げっとピオニーは、自分の口に指で蓋をしてコクコクと頷いてみせた。気づくと、背中は樹に押しつけられ、顔の横はジェイドの腕に囲われている。
「大変結構です。ご褒美を差し上げましょう。」
「*#§@♯○△×(結局すんのかよ)…!?」

「うわ〜仲良しだなぁ〜。」
「そうか?」
 ルークの感嘆の言葉に、あれは一種の虐めだろうとガイは笑った。
 わわっとルークは思う。
 ピオニーの髪も金色でお日様みたいだけれど、ガイもそう。キラキラしている。笑顔も一緒でほんのりの陽ざしみたいに優しい。
 好きだな…なんてふいに思ったりすると、急に意識してしまう。ああ、なんか言っとかねぇととんでもない事を言いそうだ…。
「なんだ?俺に見とれてるのか、ルーク?」
「ちげぇよ!んな訳ねえだろ。」
 赤い顔で抗議しても、説得力まるでなしなんだろうけど。ガイは笑って、頭をぽんぽんと叩いた。
「や、だから、ガイはさ、そんなだし、優しいし、女嫌いなのはきっと勿体ないんだよなって思って…その。」
 何言ってんだ、俺? 
 う〜んとガイは腕を組み顎に手を当てる。
「女の子が嫌いなわけじゃないんだ。子供の頃の従者がな、女がいかに怖いかと切々と話すもんだから、なんとなく苦手になっちまっただけでさ。」
「ガイが貴族だった頃の従者だよな?そんな事吹き込むなんて、どんな奴なんだ?」
「そうだな、まず俺の事を『ガイラルディア様〜〜!』と呼ぶな。」

 は?とガイとルークは振り返る。

 大柄な男が、猪突猛進中。
 たっぷりとした髭を蓄えた顔と、今にも繋がりそうな太い眉。全ての毛には不自由がなさそうな男だ。必死と顔中に書いてはあるが、満面の笑顔。

「ヴァンデスデルカ!?」

 何でお前が…と、ガイの顔には書いてある。しかし、男は気にも止めずに、彼の両手をとるとその勢いのまま話し始めた。
「ガルディオス伯爵家復興の手だてが手に入りましたぞ、ガイラルディア様。」
「一体どうしたんだ、ヴァンデスデルカ。」
「マルクト帝国から、私に秘密裏に打診が入りました。
 ならず者が攫った皇帝を救い出した暁には、名誉を回復し復興を認めると。」
 ピオニーが眉を顰めてジェイドの影に身を潜める。ルークとガイもチラリと視線は送り、ジェイドが軽く頷いて男を振り返った。
「ヴァン総長。マルクトは、皇帝が連れ去られたと正式に認めたのですか?」
「いいや、継承の儀が起きてすぐに攫われたとは流石に発表出来ず、儀式の際の狼藉で寝込んでいると発表している。ですから、その間に皇帝を…。
 …と、何故私の名前をご存じか?」
 ジェイドはにっこりと嗤う。「ダアトの神託の盾騎士団は有名ですから。」
その姿に、ヴァンの顔表情も訝しいものに変わる。
「ガイラルディア様この方々は…。」
 たっぷりの沈黙の後、ガイは笑顔と共にこう答えた。
「友人。」
もちろん他に言いようもある。けれど、皇帝とその略奪犯とは、ちょっと言えない。

「ガイラルディア様、貴方は成人の儀を終えられた方。
 もう大人でいらっしゃるのでこんな事を申し上げるのは僭越だと心得ておりますが、ご友人はお選び頂きたいと存じます。」
 跪き、頭を垂れながらヴァンは続けた。
「『死霊使い』殿は、我がガルディオス伯爵家に相応しいとは思えません。」
「おや、私をご存じでしたか。」
「ご高名は聞き及んでおりますからな。」
 険しい表情のヴァンに対し、ジェイドはにこりと嗤ってみせた。
「そちらの、ファブレ家の方はまだしも…『ヴァンデスデルカ』。」
 ヴァンを遮り、その名を呼んだガイはいつになく真剣な表情をみせる。
「言葉がすぎる。それに、何度も言うようだが俺はガルディオスの名に未練は無い。お前もダアトで立派な地位のある身分となっているはずだ。それを大事にして欲しい。」
「有り難いお言葉ですが、私の思いは変わりません。ガルディオス家を再興し、貴方と私ひとつ屋根の下が我が願い。」
 聞きようによっては、随分と気色の悪い願いだが、女の怖さを植え付ける辺りはあながち間違った解釈では無いかもしれない。
「お前も相変わらず過保護だなぁ。」
(過保護?これが過保護?)爽やかに笑うガイに、ルークは少しだけ怖さを感じた。
「ところで、貴方は、皇帝をご存じなんですか?」
「マルクトからの情報だと、金の髪に蒼い瞳の…はっ、これは…。」
 バレたのか!?一瞬走った緊張の後、ヴァンは真摯な表情でこう続けた。
「まさか、ガイラルディア様が皇帝だったとは!?」
「んなわけねぇだろう!!」
 ハイリセンで、後頭部を叩く勢いのルークが、ガイの腕を掴んで歩き出した。
「もう行こうぜ、つき合ってらんねぇ、陛下もいくぜ!」
「ああ。」
 ピオニーは足早でガイの横に並びジェイドを振り返る。先に行けと返す瞳に小さく頷いた。

「今回は、ガイラルディア様に免じて見逃して差し上げますよ。死霊使い殿。
 次は、皇帝陛下を貰い受けます。」
「それはそれは、わざわざ恐れいります。」
 ジェイドはそう言うと微笑んだ。
「では、今度は殺すつもりでいらして下さい。私も容赦しませんから。」
 お互いの足元で展開していた譜陣がその言葉と共に消えた。


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