お見合い編


 目の前には、串刺しになった死霊使いの姿。数本の剣に血が滴り、床を赤く濡らしていた。

「…ジ…ェイ…ド?………ジェイド!!!」

 驚愕の表情で叫び続けるピオニーの肩を側にいた兵士が引き寄せた。
「陛下、こちらへ危険です。」
「ジェイド!!」
 双眼から溢れる涙を隠そうともせずに叫ぶ彼を一瞥すると、とどめをさすべく将軍が一歩前に踏み出した。
 直も声を張ろうとしたピオニーの口を兵士の手が塞ぐ。
「お静かに…。」
 そして、目深に被っていた帽子を上げる。それを見たピオニーの瞳が大きく見開かれた。端正な貌が、緋色の瞳が、嗤う。
「迎えにきましたよ。皇帝陛下。」
「…っ!!」
 幾重にも巻きつけられていた纏を振り払い、ピオニーがその男の首に抱き付く。
相手の感触を確かめるように、涙に濡れた頬を擦り寄せた。
「本物だよな。無事だったんだな。」
「ええ。」
 ジェイドの答えに、くしゃりと顔を綻ばせる。「心配させやがって。」
 自分にだけ向けられるその表情を誰にも見られないよう、ジェイドは彼の顔を自分の胸元に押し付ける。 
「死霊使い!」
「羨ましいですか?」
 憎悪をその口調に乗せたアスランに、ジェイドは勝ち誇った嘲笑を顔に浮かべた。続けて短い譜術を唱えると、剣に刺さった身体は再びユラリと動きだす。
 騒然となる列席者達。
 それを見計らってジェイドは、ピオニーの手を取ると走り出す。人々の間を縫って、大きく開け放たれた礼拝堂の正面の扉を潜り抜けていく二人に、兵士達は追いつけない。彼等が走り抜けた後に、再び扉は大きな音をたてて閉じられた。
「ディスト!?」
 振り返ったピオニーが声を上げる。大きな譜業(カイザーディスト××希望)を操って、ディストが扉を押さえている。
「これで、貸し借り無しですからね!貴方に借りなんて実に腹立たしい事ですから。」
 ピオニーに背中を向けたまま、ディストがそう告げる。
「でも、お前…。」
「限界が来たら逃げます。それ以上の義理だ…ひっ!?」
 ディストの言葉は、背中に抱き付いたピオニーによって途切れる。
「ありがとう、ディスト。」
「ピオニー、洟垂れで遊ばないで下さい。こっちです!」
 ジェイドの即す声に、ディストが震え上がる。
「は、早く行きなさい!私がお仕置きされるじゃないですか!」
「うん。気を付けて。」
 綺麗な笑みを残し、ピオニーは腕を解きジェイドの後を追っていく。耳まで赤くなりながら、ディストは二人を見送った。
「なんで抱き付く必要があるんですか…だから、貴方は嫌いなんですよ。」


 衛兵達を食い止めていた、ガイとルークが振り返る。走り寄ってくるジェイド。後ろに続くピオニーの姿に表情は笑顔に変わた。
「ガイ!ルーク!」
 二人に気付き、ピオニーも大きく両手を振る。
「もう結構ですよ。行きましょう!」
「わかった。」
 グランコクマと、大陸を結ぶ唯一の橋。軍服を血で染め上げたアスランが四人を出迎えた。しかし、彼はひとり。ジェイドの顔を見た途端表情を厳しくした。
「音素爆弾が上手く作動してくれたようですね。」
「…きさま…。」
「多勢に無勢ですからね。幾つか細工はさせて頂きましたよ。」
 ジェイドの後ろに庇われていたピオニーが、その姿に顔を顰める。アスランは満身創痍で、立っているのもやっとに見えた。
「…なんで…、…どうしてそこまで俺にこだわるんだ。他の奴だっていいだろ?俺は、ただの身代わりなんだろう?」
 悲しげな表情で見つめられ、アスランは息を飲んだ。前に出そうになる身体をジェイドが押し留める。
「彼は私がお相手します。ガイ、ルーク、ピオニーを連れて先に行って下さい。」
 ジェイドの言葉に、はっとピオニーが顔を上げた。乾ききっていない瞳は、未だ充分に潤んでいる。
「私は約束を違えるような事はしませんよ。貴方をグランコクマからさらいます。」
 額に口付けを落として、ピオニーをガイとルークの方に押し出した。
「行きなさい。すぐ追いつきますから。」

「…お前の悪行がまたひとつ増えたようだな。」
 膝を付き、しかしアスランはジェイドを睨む。剣は、手の届かぬ場所に飛ばされていた。
「何とでも、貴方こそもう意識を保っているのも大変でしょう?もう諦めて、他のおもちゃを探しなさい。彼が魅力的なのは、認めますがね。」
 ジェイドは手にした槍をアスランの喉元に突きつける。アスランは、くくっと笑った。
「死霊使いを魅せるとは、正に至高の輝きですね…。
 それこそが本物の証。偽物では輝かないのではありませんか?身代わりなど、もう何の意味も持ちません。」
 驚きの表情に変わるジェイドが余程面白かったのだろう。彼の笑いは止まらない。ひとしきり笑うと、ジェイドを睨む。
「必ず迎えに上がります。それまで、貴方にお預けしておきますよ。」
 ジェイドは振り上げた槍で、アスランを昏倒させる。
「それこそ、戯れ言ですね。」
 
『何者であろうとも、誰にも渡しはしませんよ。』
 恐らくは本人にさえ告げない言葉を胸の内で続けてジェイドは嗤った。



 草原で、自分を待っていた者に近付くと、何かを囲み会話をしている。
「どうしましたか?」
「どうしたも、こうしたも…。」
 ガイは苦笑しながら、ジェイドに手紙を差し出した。その横でルークは奇怪な声を上げて、頭を抱えて蹲っている。
 手紙は流暢な字で書かれ、しかし余程急いでいたのだろう、要件のみが記されてあった。

俺が国王の名代で、この式に出ると言っておいただろう。
騒ぎを起こす前に、何故相談にこなかった。
兎に角、眼鏡と皇帝を連れてさっさと屋敷に帰って来い。
この屑が。 

「…名前が書いてないのに、差出人がわかるのか?」
 首を傾げたピオニーに、ジェイドはくくっと笑いを噛み殺す。
「アッシュですね。」
「ルークの双子の兄なんだ。キムラスカ王家に連なる方だよ。…もちろんルークもね。」
 誰?という顔のピオニーにガイが補足する。
「うぁああ、どうしよう。」
「忘れてたお前が悪い。相談することまで考えて、何でアッシュがこっちにいたことを思い出さなかったんだ?」
「…だからこそ、屑なのでは?」
 ジェイドの嫌味にルークは唸る。
「う〜〜〜〜〜〜〜っ。」
「でもさ、取りあえず行き先は決まったんじゃないのか?」
 屈託のない笑顔でピオニーがそう告げると、ジェイドは溜息を付いた。
「呑気ですね。…まぁ、いいでしょう。行きますか。」
「え?」
「帰るしかないだろ、な?」
 戸惑うルークの頭をぐりぐりっと撫でると、ガイも笑う。ピオニーもポンポンと肩を叩いた。
「なんだか知らないけど、俺も一緒に謝ってやるからさ。」
 元凶に当たる男にまで慰められ、ルークも渋々立ち上がる。
「わかったよ。帰ればいいんだろ!!帰れば!!」
 
 半ばやけくそになったルークの言葉は、辺りに響きそして消えた。



新婚旅行編に続く。


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