お見合い編 客室の前に警護の兵士が三人。それだけで、部屋にいる人物は特定出来た。まるで教えてくれているようだと、ジェイドは彼等を眠らせ、扉に手を掛けた。 ぐったりと窓辺にもたれ掛かっていたピオニーは、近づいて来る人間がジェイドだとわかると慌てて涙を拭う。 「…なんで…。」 突き放した言い方をしたせいか、ピオニーは助けに来てくれるとは思っていなかったようだった。目を見開いたまま言葉を失っている。 「此処まで貴方に固執していたとは、考えが甘かったのでしょう。私の責任です。」 そう告げると、首に手を添えた。白いジェイドの指先が、ピオニーの血で染まる。 傷口に残された歯型にジェイドは、顔を歪めた。 不愉快ですね。 「あの男…ですか…?」頭だけが上下に振られる。 「喉元は急所ですからね。絶対服従を強要したというところでしょうか?」 「ジェ…!?」 頭と手を軽く押さえて、ジェイドはピオニーの傷口に唇を当てる。残った血を舐めとると彼の身体がヒクリと震えた。 頬に流れる涙の後、潤んだ青い瞳。それに欲情するというよりは、これを見たであろう将軍に対する抑えきれない不快感で胸中が埋め尽くされていく。 この男に対する独占欲。手放し難い己に向けられる情。この感情は…。 「本当は口腔の中にも雑菌があるので、こういう方法は良くないのですが…表皮のみの裂傷です。それも、もう止まっています、行きましょう。」 彼を拘束していた手を放しそう告げる。嫌悪とも恐怖とも戸惑いとも見える複雑な表情を返すピオニーの口からは、思っていない言葉が返ってきた。 「ディストは…。」 それに、ジェイドは苦笑する。 「あれは、殺して死ぬような男ではありませんよ。」 「…そか…。良かった。」 ほっとした表情に変る男を心底珍しい者を見る目つきでジェイドは見つめた。 甲板の端にひょこりと顔を出したのはルークだった。襟足がヒヨコのようにぴょこぴょこと揺れる。そして、物陰に隠れていたジェイドの姿を見つけると手招きをした。どうやら備え付けになっている脱出用の小型船で逃げようという意図らしいと判断し、ジェイドがわずかに身体を浮かす。 ルークの横にいたガイが声を上げるよりも早く、銃弾がジェイドを貫いてた。 鮮血が吹き出し、身体は床に崩れ堕ちる。 倒れ伏すジェイドを狙い、続けざまに打ち込まれる前にピオニーは身を投げ出した。待ち伏せをされていたのだと気付いたガイも、集中砲火を浴びてどうすることも出来ず、腕の中にルークを庇う。 譜業の吐き出す銃弾はその勢いを止めず、舐めるような銃弾がジェイドの上のピオニーの身体を掠めていく。火薬の衝撃は金色の髪を容赦なく巻き上げた。 それでも決して、ピオニーを貫く事はない砲火は、アスランの合図と共に止み、視界を遮る硝煙が流れると静寂が訪れた。 ピオニーがゆっくりと身体を起こし、腕の中の男に呼び掛ける。 「ジェイド…。」 それにジェイドは呻き声で返した。俯せになっている身体からは、鮮血が流れ出している。もう、動ける状態では無いだろう。 「身を持って庇うとは…見上げた心掛けですね、陛下。」 はっと顔を上げ、煤に汚れた金髪から覗く瞳が、自分を見下ろしていたフリングス少将に向けられる。 掛けられた声は数倍優しげで、しかしピオニーは身体を大きく震わせた。揺れる碧眼を眺めて、アスランは満足そうに口角を上げる。 「さあ、こちらへどうぞ。 私に従っていただけるのならば、その男の命は助けましょう。此処で共に死ぬのも良し、貴方に選ばせて差し上げますよ。」 「…。」 チラリと視線の先に、ジェイドを捕らえて顔を顰め、ピオニーは抱きすくめるように被せていた両腕から力を抜いた。 立ち上がろうとした手をジェイドが掴む。 「駄目です…。」 苦痛に耐えるジェイドに、ピオニーの表情は泣きそうに歪む。 「ジェイド…俺はお前を…。」 しかし、言葉は続かなかった。ギュッと唇を噛み締めてる。 力を失っているジェイドの手を己の腕から外し、立ち上がる。そうして、アスランに向かって手を伸ばした。 content/ next |