お見合い編 「ふ〜ん、大変だったんだな。」 ディストの入れたお茶を両手で持ったルークが、ピオニーを同情の眼差しで見た。まあなと、彼は笑みを浮かべる。 お礼方々、ピオニーはこれまでに自分の身に起こった経緯を話して聞かせた。 マルクトの名も知られていない田舎町で暮らしていたが、あの銀髪の将校に誘拐されて連れて来られた事。『皇帝の代用品』で在ることをタルタロスの中で知り、逃走を謀った場所にジェイド達がいた事。 「でも、奴らの気持ちが分からなくもないなぁ。写真の子供が成長したらこうなるって言われると、納得出来るしな。」 ガイの言葉にジェイドはクスリと笑った。 「気品が違うでしょう。一緒にしてはピオニー殿下が気の毒ですよ。」 べーっとピオニーはジェイドに舌を出した。 「確かにな。」 ルークも笑い、おいおいと言いながらガイも笑う。和やかな雰囲気のなかで、ディストだけが陰湿なオーラを纏って部屋の角で丸くなっていた。 「あいつ、どうしてこっち来ないんだ?」 「暗くてじめじめした場所が好きなんでしょう。」 「んなわけねえだろ?」 ピオニーはそう言うと、ディストを覗き込んだ。 彼は膝の上にノートを乗せ一心不乱に書き物をしていた。小さな細かい字は帳面を埋め尽くしている。 「日記…?でも、ジェイドの事しか書いてないな。普通、日記って自分の事を書くものじゃないのか?」 ピオニーの言葉に、ジェイドはそれを取り上げて斜めに読んでからディストごと家から叩き出した。 覚えてらっしゃい〜〜〜!! という叫び声が、戸口から木霊する。 「変わった奴だな。」 ピオニーはケラケラと笑い、ジェイドは溜息を付いて、ルークとガイは苦笑いをした。 どうしてこんな事になったんでしょうねぇ。 夜もいよいよ更けていこうかという時間。ジェイドは、顔色ひとつ変えずに傾けていた無色透明の濃アルコール飲料水をテーブルに置いた。 お茶会はいつの間にやら酒盛りに移行されて、華が無いと言いだしたルークに答えてピオニーがジェイドの纏を取り上げて、それを使って踊り出した。 酒場で踊りも踊っていたというだけの事はある。軽いステップと共に流れる金色の髪。揺れる髪飾りを目で追う。様々に表情を変える蒼穹に思わず見惚れたのは嘘ではない。褐色の肌もなんともいえず艶やかだ。 ガイは酒の肴をつくりに厨房に行っていた。何杯目か知らない盃をルークが煽る。 『いや、待って下さい。ルークは未成年では…?』 改めてそう考えたジェイドの思考を遮るように、酒瓶を片手にルークが叫んだ。 「いいぞー!脱げ!」 「おう!任せろ!」 乗りのいい受け答えを聞いていれば、とんでもない事を言いだして、ピオニーはあっさりと上着を脱ぎ始める。 「…おやまあ。」 このまま放っておけば、彼がストリップをしかねないと気付き、ジェイドはやっと立ち上がった。 少しふらついた足元に、柄にもなく酔っているのだとわかった。許容量は弁えているつもりだったのですが…と苦笑する。 纏で身体を覆うようにして、ピオニーを後ろから抱き締める。とろりと潤んだ瞳が自分を見つめた。 「そこまでにしておいて下さいね。」 「…ん…。」 暴れるかと思いきや、大人しく自分に頭を預ける。過度のアルコール摂取による脳内酸素不足。つまり、睡眠状態。 「あ、旦那?」 「酔っぱらいを寝室まで運んで来ます。ルークもそろそろ潰れそうですよ。」 「何!?ルーク、お前未成年だろうが!!」 「えへへへ〜。」 頬を髪と同じく真っ赤に染めて、幸せそうに笑ったかと思えば、次の瞬間青くなった。 「ぎぼちわるい…。」 ここで吐くなよ〜!!!という、悲鳴に近い叫び声を背中にジェイドは部屋を出た。 相手の体重が自分にかかることで、完全に眠り込んでいる事がわかる。もうすぐ失ってしまう温もりだと感じて、ふいに名残惜しくなった。 『不思議な感情ですが、嫌いではないですね。』 ジェイドはクスリと笑って、眠る相手の髪を掻き上げた。 「ったく、気分はどうだ?」 ルークは、机につっぷしていた顔を上げる。少しだけ顔色が戻ってきていた。 眉を寄せ心配そうに覗き込むガイの表情が微かに緩む。 「これに懲りたら、酒は駄目だぞ。」 「なんつーか、最初はふわふわっとして気持ちが良かったんだぜ。だから、もうちょっとって…。」 「こんな事がアッシュに知られたら、俺が殺されるよ。」 ガイが眉を下げたまま、ははと笑う。 ルークは、優秀で非の打ち所の無い双子の兄を思い浮かべ、むぅと頬を膨らませた。彼は不出来で少々身体の(彼に言わせると頭も)弱い弟に酷く過保護だ。 「へーへーどうせ俺は不出来だよ。」 「何拗ねてるんだ?俺はお前がいいからこうして付いて来てるんだぜ?」 「…殺し文句…(ボソッ)」 また少しルークの顔色が赤みを増して、ガイが嬉しそうに笑った。 「お二人の世界を展開中のところすみません。私にも水を一杯頂けますか?」 にこりと笑った死霊使いに、ルークはぜってえ隠れて機会を覗っていたに違いないと思う。 「彼は?」 「暴睡中です。寝相が悪いので横で眠ったら蹴飛ばされますね。」 狭いベッドを占領されてしまいました。と口元を緩めた。それを見やって、先程の会話から気になっていたんだと尋ねたガイにジェイドは頷いた。 「ええ、貴方の言うとおり、随分と前に本物のピオニー陛下にお会いしたことがあります。それで、少々彼には同情的なのかもしれませんね。」 ただ、それだけですから。 ジェイドはそう締めくくるとガイに告げた。 「明日、首都の様子を見に行きます。貴方達も付き合って下さい。」 「…俺は、パス…。」 机に突っ伏したままのルークが片手を上げる。仕方ありませんねぇと言うジェイドの視線に、連れの分まで働かせて頂きますとガイが引き攣った笑みを浮かべた。 翌朝早くに出掛けていったジェイドに誰が来ても開けるなと言い渡されていた扉をノックする音がした。 ピオニーが耳を傾けると、その声はディストのもの。地団駄を踏む音や、きーっという叫び声を聞き分けると、どうやら開けろと言っている。 『元々彼はこの家にいたのだから』と開いた扉の向こう側に、確かにディスは立っていた。追い出された時の服装のまま、涙と鼻水で袖がガビガビになっている。 けれど、ピオニーの動きを止めさせたのは彼の容姿ではない、その背後を囲むアスランと小隊の姿だった。 「見つけましたよ。陛下。」 アスランの大きな瞳が満足そうに細められる。 微笑んだまま伸ばされた手から逃れ、ピオニーは蝶番から手を放し後ずさろうとした。しかし、後ろに回される前の腕をディストが捕らえる。 扉に手を掛け、締めることが出来ないようにしてから、その手を引く。 「悪く思わないで下さいね。貴方を引き渡せばジェイドの罪は問わないという約束なんですよ。」 立ち竦むピオニーを即し、ディストが強く腕を引いた。背後に視線を走らせ、はっとピオニーが叫ぶ。 「やめ…逃げろ!ディスト!」 「え?」 その刹那、将軍の抜いた剣先がディストに振り下ろされていた。 content/ next |