お見合い編 「駄目…だ。」 ピオニーの手がジェイドの胸板を力無く押し返す。小刻みに首を左右に振った。 「嫌ですか?」 声のトーンを暗くして問うと、戸惑うような視線を返す。 「…だって、無理だ…。あいつらを出し抜いて俺を連れ出すなんて。」 此処までこれたのだから、それなりの力を持った男なのだろう。けれど、マルクト軍を相手に無事で済む筈がない。 「私の力を信じていただけないとは、悲しいですねぇ。」 「そうですよ、陛下。その男は、我が国で悪名高い『死霊使いジェイド』と呼ばれる男です。侮ってはいけませんよ。」 ジェイドが、その声の方向に顔を向けると、柔らかな笑みを浮かべていたアスランの表情が一変する。 「陛下から離れろ、死霊使い。」 「そう、妬かなくていいでしょう?フリングス少将。」 ジェイドはピオニーの腰を抱寄せ身体を密着させると、背中に流れる金糸を指に絡めて口付けを落とした。アスランの表情が険しさを増す。 「…陛下の御部屋を血で染めるのは本位ではありませんが、仕方ないようですね。」 剣を抜き、ジェイドを取り囲もうとした兵士の正面にピオニーは立ち、庇うように両手を広げた。 「死霊使いだろうが、なんだろうが関係無い。こいつは俺に髪飾りを返しに来ただけだ。…手を出すな!」 「秘密を知った者を無事に返すつもりなど、将軍閣下にはありませんよ。それに…。」 ジェイドは言葉を途切らせるとにやりと嗤った。 「無理矢理も、嫌いじゃないんです。」 「へ?」 ジェイドはピオニーの顎に手を回し顔を横向きにして、肩ごしに唇を重ねる。大きく目を見開いたままピオニーは抵抗を忘れた。 そして、あっけにとられた兵士とアスランが正気に戻る前に、炸裂した譜術と共に、二人の姿は部屋から消えていた。 「何すんだお前は〜!!」 口元を、袖でゴシゴシと擦りながら叫ぶ男の反応を楽しみながら、彼の手を引いた。満天の星の下。随分浪漫溢れる道行きだなどとジェイドは思う。 「お嫌いですか?」 意地悪く質問すると絶句したような雰囲気と共に黙り込む。するりと繋いだ手が抜け、足も止まった。 「ピオニー…?」 「嫌いじゃない…。」 振り返ると、両手を握りしめて立っている。 満天の星を背負う金色がやけに綺麗で、頬を染め上げた赤が可愛らしくて。それでも、反らさない瞳が眩しくて。 「お前の事…嫌いじゃない。」 口元が緩む。一瞬本音が言葉になった。 「本当に、このまま攫って逃げたいですね。」 ぱっと、笑顔になったピオニーを見てジェイドは苦笑いをしてから、首を横に振った。 「聞いたでしょう?私は『死霊使い』ですよ。一緒にいたってろくな事はありません。」 今度は、ピオニーが大きく首を左右に振る。 「そんな事ない、平気だ。何だってするし、何だって覚える。」 「死体を漁ると?。その綺麗な手を汚したくないんです。…とでも言えば、諦めてくれますか?」 「ジェイド、俺の話を…。」 「駄目ですよ。このまま放り出すのは流石に大人げないので匿って差し上げますが、ほとぼりが冷めたら元の生活に戻りなさい。いいですね?」 そう告げると、ピオニーは澄んだ瞳を曇らせた。 飼えもしないのに捨て犬を拾って帰る子供の気分を味わい、ジェイドは眼鏡を押し上げながら溜息をついた。 どうこう言ったところで、自分に係わって得なことなどありはしないだろう。 少しでも心を動かした相手ならなおさらだ。 「皇帝の身代わりが欲しいなら、もうこれ以上貴方にかまっている暇はないはずです。死霊使いと敵対する位なら別の候補を探すでしょうし、他の方が皇帝に治まれば貴方は用済みでしょう。そうしたら、平穏な世界にお帰りなさい。」 「誰ですか?この男は?」 ジェイドが寝座の扉を開けると、転がるように眼鏡で銀髪の男が出て来た。 犬か猫の如くピオニーの周りを嗅ぎ回る。ひょろりと細長い手足がどこかユーモラスでピオニーが笑みを浮かべると、その男は不機嫌そうに顔を歪めた。 「誰ですか?この男は?」 もう一度告げた言葉に、ジェイドの笑みが増し、男の胸ぐらを掴んだ。 「…貴方こそ、合い鍵を渡した覚えはありませんよ。何度言ったらわかるんですか?不法侵入で殺しますよ。」 「ジェイドの友達か?。」 ピオニーの問いには間髪入れずに答えが返る。「下僕です。」 「違いますよ!!」 き〜っという叫び声と共にジタバタと暴れだし、ジェイドは鬱陶しそうに手を離した。 「私はこの金の貴公子の親友。薔薇のディストです。」 「ふ〜ん、そうなんだ。よろしく、俺はピオニーだ。」 自らを『薔薇』と称する胡散臭さ全開の男に、ピオニーは躊躇いなく手を差しだした。ディストは目の前にある手を訝しそうに眺める。 しかし、眺めるだけで握ろうとしないので、ピオニーはその手で男の頭をぐりぐりっと撫でた。 逆毛を立てた猫よろしくディストが喚き出す。 「なんなんですか、貴方は!!!」 「グランコクマで拾いました。暫く此処に置きますから。」 「こんな奴を寝かせる場所なんてありませんよ!」 「貴方が出ていけば、充分広いようですが、そうしますか?」 ジロリと睨まれ、ディストは口を閉じた。ピオニーはケラケラと笑っている。 「ああ、もうすぐ客が二人来ますので、お茶の用意をしておいてくださいね。」 ジェイドが台詞を言い終わる前に、けたたましい音と共に扉が開き、満身創痍で息も絶え絶えなガイとルークが飛び込んで来た。 「ああ、お疲れ様でした。」 二人の腹の中には、目の前で微笑んでいる死霊使いに言いたい事が山ほどあったが、それを口にするには酸素と体力が足りていない。手近にあった椅子に座り込むと、そのままぐたりと動かなくなった。 「どうしたんだ?」 「貴方がお礼を言うといいでしょうね。」 不思議そうな顔をしたピオニーにジェイドはそう告げた。 content/ next |