お見合い編


 予想出来ない行動の連続に、手をひかれたまま付いてきてしまったジェイドは、森の奥まで入り込んでいた。前を行く金髪に話し掛ける。
「貴方は一体何がしたいんですか?」
「とりあえず、兵士達から逃げたい。」
「それは、それは。大変結構ですが、この森を抜けると、グランコクマですよ。」
 そう告げられ、相手はやっと足を止めた。
「マジ!?」
「マルクト兵から追われているのだとしたら、貴方は反対方向に逃げるべきでしたね。キムラスカ領に入れば追ってはこれないでしょうから。」
 『そんなこたぁ、わかってる』とムッとした顔で立ち竦む男の顔をしばらく眺めていたが、ジェイドは呆れたように口を開いた。
「だいだい、何で私まで連れて来るのです。意味がわかりませんよ。」
「そりゃあ…成り行き?」
 ほお…と言うと、気にするなと笑顔を返される。調子の狂う男だとジェイド思う。
自分の事を知らないからなのだろうか。この奇妙な懐っこさは。
 死霊使いだと告げたら、この男の対応は変わってしまうのだろうか?

「なんで、マルクト軍に追われているんですか?」
 そう問うと、思いきり顔を歪める。
「お前、さっきから質問ばっかり……言わなきゃ駄目か?」
「いえ別に、興味もありませんから。」
 興味があるのは…。そう呟いて口を閉ざす。
 不思議そうに傾げられた頭に添って、さらりとした金髪が揺れた。森のこもれびにさえ輝くその光にジェイドは目を細める。
 しかし、その自分の行動に気付くと、胸に浮かんだわだかまりを振り払うように、自分の手を掴んでいた手を振り解いた。自分でしておいて、離れていく手の感覚に一瞬名残惜しさを感じる。
「だいたい、無茶苦茶ですね、タルタロスから飛び降りるなんて。死にますよ。」
「お前が受け止めてくれるような気がした。」
 真っ直ぐに見つめてくる瞳に、目眩がする。

馬鹿な話だ。たった今、会ったばかりの人間に心を惹かれるなどという事は。

「…あのまま、私の上に落ちられたら私も死んでしまうのですが…。」
 投身した人間の下敷きになった通行人が死ぬようなもの。そう説明すると目を真ん丸に見開いた。
「でも、大丈夫だったじゃないか、見極めた俺って賢いな♪」
 悪びれる様子も無く返される言葉には少々呆れた。
「あれ…?」
 ふいに男の手が前髪の伸ばされ、何かを探していたが、なぁと呼び掛けると、くるりと身軽に一回転して見せた。
「俺の髪飾り、どっかにくっついてないか?」
「ああ。」
 ジェイドは彼が落ちてきた時の映像を脳裏で再現して、碧い髪飾りが付いていた事を確認する。しかし…。
「ついてはいませんね。あの衝撃で落としたんでしょう。当然ですね。」
「嫌味な奴だな、お前。」
 言葉は軽い溜息とともに吐き出された。「あれだけは、結構気に入ってたのにな…。」
「まぁ、似合っていたと思いますよ。」
「な、な、そうだろう?」
「紛失してしまったのなら、どうしょうもないですけどね。」
 笑みを崩さないジェイドの顔を、男が両手でがっしりと掴んだ。
「そんなキモイ笑顔をしなくても、馬鹿にするなら、馬鹿にした顔をすればいいだろう?こんな風に…。」
ぐぐっと、顔の部品を下に向けて、不機嫌そうな表情につくりかえる。
「迷惑掛けて悪かったよ。ご・め・ん・な・さ・い。」
 そしてぱっと手を放すと、目を細め綺麗に笑った。

「これから、どうするつもりですか?」
 摘まれた頬を手で撫でながらジェイドは立ち去る背中に問いかけた。余りの傍若無人ぶりのせいか、不思議と怒りは湧いてこない。
「わからねえ。あ、もし髪飾り拾ったら持っててくれよ。そのうちに取りに行くから。」
 立ち去ろうとして止まり、大きく手を振って何を言うかと思えばそんな事。
 どうやってです…と問いかけたい気持ちをぐっと抑える。そうでなくても、彼が取りに来ることなど出来ないだろうとわかっている。
「助けてくれて、ありがとな!」
 最後にそう叫ぶと、自分から離れていく後ろ姿に見切りをつけるように、ジェイドもまた来た道を引き返した。


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