お見合い編


 エンゲーブにほど近い草原。ジェイドは自分を呼ぶ声に顔を上げた。
 少々汗ばむような陽気に、黒ずくめの衣裳は異様だが、汗ひとつ浮かべない白い顔もかなり不気味ではある。
 眼鏡を指で押し上げながら、声のする方の顔を向けた。
「おや、ガイとルークではありませんか?」
「久しぶりだな、旦那。元気だったか?」
 爽やかに笑う金髪碧眼の青年と青年と呼ぶにはまだ幼い感じのする赤髪翠瞳の少年。顔見知りよりは近く、旧友と名乗る程に心を許す間柄でもない友人達。
「『私に元気ですか』と問うのは、貴方達位ですが、健やかですよ。こんなところへどうしました?」
「観光がてら、旦那の顔を見にきたんだよ。な、ルーク。」
「ちげえよ!俺は!」
 赤くした頬を膨らませて、ルークが抗議する。ガイはそんな様子の少年を可愛くて仕方が無いとでもいうように頭を撫でてやった。
「おやおや、それは御苦労様でした。観光というと、マルクト帝国の帝位継承の儀式の事ですか?」
「そうそう、途絶えてた血筋の復活とやらで、盛大に行われるらしいからさ。ジェイドは見てみたいと思わねえのか?」
「私は興味ないですね。」
 興味津々のルークに対して、ジェイドは綺麗な顔に冷めた笑みをのせ、緋色の瞳を細めてみせた。
 死霊使いと呼ばれて、人々より畏怖の念を集めているこの男の興味は、譜術の類と研究材料にしか向けられる事はないようだと、二人の青年は良く知っている。
 会話が途切れたのを見計らったように、近付いてくる轟音。
振り返った三人の目に、軍艦が姿を現した。
 マルクト帝国軍所属陸上装甲艦タルタロス。その大きさを見せつけるように、幾分速度を落とした状態で、三人の真横を通り過ぎていく。圧倒的な大きさに、ガイとルークは息を飲んだ。
 しかし、ジェイドはその甲板に奇妙なものを発見して、目を見開く。
『人影…ですか?』
 それは、艦尾まで真っ直ぐに走り抜ける。ジェイドは一瞬その人影が自分を見たような気がして、たがそんなはずは無いだろうと否定した。
 しかし、その人物は、躊躇いなくジェイドに向かって空中に身を躍らせる。
「!?」
 タルタロスの甲板からの高さは人間が無事に着地出来るものでは無い。
ジェイドは咄嗟に、両手のフォンスロットに譜術をかけ重力をカットしてその人物を受け止めた。しかし負荷はあり、抱き込んだまま尻餅をつく。それでもお互いに怪我はないようだ。
 やれやれと腕の中を覗き込む。褐色の肌に金糸のような髪、顔立ちも端正だ。衝撃に意識を飛ばしている。
「全く…無茶苦茶な方のようですね。」
 ジェイドが溜息を付いた時、軽い呻き声と共に閉じていた瞼が上がる。
長い睫毛の下からは澄んだ碧が現れ、自分とは正反対のその色にジェイドは目を奪われた。
「…助かっ…た…。」
 ははっと笑う顔は屈託が無い。
「貴方は…。」
「俺は…え…あ!」
 腕の中の青年はタルタロスの方に視線を向けていた。
 緩やかに動きを止める戦艦。甲板に集まってくる兵士達は、明らかにこちらを指さし、何かを叫んでいる。
「逃げよう!」
 青年は有無を言わさずジェイドの手を取ると、森に向かって走り出し、その場にはあっけにとられたガイとルークが残された。
「…なぁ、ガイ。」
 走り抜けていった人影を見送ってルークが呟く。
「何だ?」
 答えは返すが、ガイの顔も二人が消えていったテオルの森を見つめている。
「…驚いたジェイドの顔ってのが見えた気がしたんだけど、俺の目変かな?」
「そういや、そうだな。」
 ガイは、ルークの方に顔を向けるとじっと覗き込む。口元をへに曲げて、赤い顔をしてそれでも暫く我慢していたルークが湯気を噴きだして騒ぎ出す。
「何ジロジロ見つめてんだよ〜〜〜!!」
 にこっとガイは笑う。「ルークの目は変じゃないぜ。相変わらず、綺麗な翠だ。」
「なっ…何言って!」
 そう言ってぷいっと横を向こうとしたルークの頬をガイが止める。
「ほら、ルークも、俺の目を見てくれよ。変じゃないか?」
 別の意図を持ってぐっと近付けられ顔に、ルークは耳まで赤く染めた。
「ばっ、がっ…!」
 しかし、ルークの抗議の声は、彼等を囲んだマルクト兵士達の叱咤の声に阻まれた。うぜえと舌打ちをして、ルークは彼等を睨む。
「空気ってのが読めない奴らだなぁ。」
 ガイも腰の剣に手を掛けた。


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