indications of put an end


「あっと言う間でしたね。」
「ああ。」
 手際よくトランクに詰め込まれていく荷物を、椅子に跨り背もたれに顎をのせていたピオニーが眺めている。
「次の公演も決まってますので、帰ったらすぐ稽古ですよ。」
「ああ。」
 なんとも気のない返事に、アスランは小首を傾げた。こちらでの評価も上々で、彼個人に対して、先行投資ともいえる援助の申込に名乗りを上げている人物も把握していた。ある意味、凱旋にあたるのに、どうしてピオニーが意気消沈しているのか理由に検討もつかない。
 そんな状態なのでドアから聞こえたノックの音に反応したのも、アスランの方が遙かに早い。
 はいはいと愛想よく開けた扉の向こう側に立っていた人物に、ピオニーは驚いて腰を上げた。がたんと大きな音をたてて椅子が床に倒れた。
「…ジェイド…。」
「はい。」
 何事も無かったかのような笑みを浮かべて、ジェイドは微笑んでいる。アスランは今度もお世話になりましたと何度も頭を下げて、ジェイドの失笑を買った。
「ファブレ侯爵からの預かりものを届けに来ました。本人が来たがっていたのですが、とんでもないので私が。」
 そして、ブランド品などに全く興味のないピオニーですら知っているロゴがついた袋を幾つも床に置いていく。その数に、ピオニーの瞳が見開かれた。謝礼の言葉は随分時間がたってから告げられる。
「今日、帰るのでしたね。」
 鞄ひとつの自分の荷物よりも遙かに多いお土産(?)を眺め、ピオニーは途方にくれたように突っ立っていた。その様子を伺い、ジェイドも肩をすくめる。
「宅配で送って頂いた方がよさそうです。こちらで手配しましょう。」
「あ、ああ。すまない。」
「どういたしまして。」
「あの…さ、今度も挨拶も出来ずに離れるのかと思ってたから、安心したよ。それで…。」
 別れの言葉を告げようとして口籠る。しかし、ジェイドはそんなピオニーの様子を違った風に受け取ったらしく、『あの時は』そう言い、微かに笑みを崩した。
「私も言い過ぎました。赤毛の子供達に怒られてしまいました。命の恩人になんて事をするんだと、彼が此処を嫌いになったらどうしてくれるんだと罵られました。自分達の事も含めて、でしょうけれど。」
「嫌いになんか、ならないさ。なるはずがない…。」
 じっと、見つめる先にジェイドがいて、ピオニーは思わず視線を逸らした。
「や、あのふたりの事だぞ…。」
 とって付け足したような言葉に、ジェイドの目が一瞬見開かれる。それは、アスランには気付かれないささやかな変化。もちろん、視線を逸らしているピオニーが気付くはずがない。
「では私はタクシーを拾って来ますから。」
 腕時計をしきりに気にしていたアスランが、ぺこりとお辞儀をすると二人を残して部屋を出ていく。
 
「ピオニー。」

 ゆっくりと名を呼び、蒼穹が再び戻ってくると、ジェイドはピオニーに右手を伸ばした。




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