何度でも言う 観念した…という表情ではない。アスランはジェイドを睨み、こっちへとピオニーの楽屋へ引き入れた。扉を後ろ手に閉めると、改めて口を開く。 「知人に機械好きなものがいて作って貰いました。殺傷能力などありません。…脅しのつもりでしたので。」 「それは、脅迫状を送った相手に対してですか?」 無言でアスランは頷く。躊躇なく応じる様子から察するに、いつジェイドに打ち明けようかと、思案していた事が伺えた。 「はい。ピオニーはあの通りの性格ですので、万が一を考えて事を大袈裟にしたかったんですよ。何かあってからでは、遅いですから…。」 それにしたところで、随分と思いきった事をするものですね…ジェイドは、真面目そうな相手の顔を凝視する。 「紙切れ一枚で、貴方はよく本気だと確信出来ましたね。下手を打てば、最初の脅迫すら貴方だという事になりかねませんよ。」 「それは…。」 ジェイドの言葉にアスランは酷く困った顔をする。彼の答えは、しかしノックの音で遮られた。開いたままの扉からは、数名のスタッフが覗き、アスランを呼ぶ。 冴えない顔色の面々からは、またトラブルが起こったのだろうと察する事が出来た。 「すみません。」 「いいえ、此処でお待ちしていますから。」 にこりと笑ったジェイドを残して出ていったアスランと入れ替えに、様々な包みを両手に携えた男が入ってきた。都内でも良く見かける宅配の制服。 「申し訳ありません。こちらへお持ちするように言われたんですが。ピオニーさんってこちらですよね?」 手にした伝票を眺め、探るようにジェイドに視線を移す。 「ええ、そうですよ。」 「あ、じゃあ、此処に受け取りをお願いします。」 伝票を差し出し近付いて来た男が横に並ぶと、脇腹に当たる固い感触。ジェイドの口元は弧を描いた。勿論相手に見られるようなヘマはしない。 「大変申し訳ありませんが、少々伺いたい事があるので、ご足労をお願い出来ますか?」 お決まりの台詞が囁かれ、一呼吸置いてからジェイドは黙って頷いた。 『そう言えば、あの猫はイイコで留守番してますかねぇ。』 「嘘つきめ…。」 ピオニーは、ソファーにどっかと座り込み、指だけリモコンの上をせわしなく動かしていた。様々に画面を変えていくテレビには、有料放送だとジェイドが告げた類のものもある。当たり前のように、無料だ。同じ画像を繰り返して流すなんて、ケチ臭くないのを知っているのは何度も見返したからだ。要するに暇。おまけに意識を紛らわせていないとお腹が空いてどうしょうもない。 それでも、直ぐに帰ってくるかと思ったジェイドは、未だに姿を見せず、流石に焦れて、連絡をとろうと思ったが携帯番号を知らなかった。 「…ったく。」 ピオニーはリモコンを放り投げ、携帯でアスランを呼び出す。 普段なら、1コールで出るのに3コールしても出て来ない。本来短気な性格ではなかったが、人間空腹を抱えると許容範囲が狭くなるものだ。ぷちと潰れる音がしたほどに、電源のボタンを押すと部屋を沈黙が包む。不機嫌な表情で、足を抱え背もたれに沈み込んだ。 溜息でも付こうかというタイミングで、部屋のインターホンが鳴る。警備員の横でカメラの向こうからこちらを覗き込んでいるのは、スタッフだった。 どうしたと言うピオニーの問い掛けに、『あの〜』と間の抜けた応えが返る。 『ジェイドさんが遅くなりそうなので、迎えに行って欲しいと言われたんですが、そのこちらの方に止められてしまって。』 一瞬で、ピオニーの不快指数は最高値に達する。この嘘つき野郎。 さっきから同じ不平を繰り返している自分に気付くと、さらに気分が悪くなる。そんなに、信じてたのかと思えば加速した。 「アスランは?」 『ちょっとトラブルが…あの、連絡入ってませんか?』 ああ、とピオニーは前髪を掻き上げた。通りで携帯も通じないはずだ。色々と面倒続きなのは、自分のせい。そう思うと追求する気持ちにはなれなかった。 「わあった、今降りる。」 ピオニーは携帯をポケットにねじ込むと上着を探す。あの野郎が着て行ったと気付くと、もうどうでも良くなった。そのままの格好で、駐車場へ向かう。迎えたスタッフに腹が減ったと伝えると、直ぐに車を回しますからと小走りで奥へと向かう。 それを眺めていると携帯が鳴った。着信音がアスランだと伝えていた。 あの「嘘つき野郎」の文句を告げてやろうと、ピオニーは携帯を耳に当てた。 content/ next |