運命が引き寄せる


「不細工は駄目だぞ。」

 取り敢えず、黙ったままで自分の話を聞いていた相手が、告げた言葉はそう。ひらと手を振ると蒼穹の瞳を上に向けた。
 アスランは、何度か聞かされた台詞に額を抑える。

「頭が良くて、別嬪で、スタイルが良いのが望ましい。」

「ピオニー。」
「…でなければ、ボディガードなんぞいらないからな、不自由だ。」
「一応その条件は、会社の方に伝えてはありますが…。」
 この男の我が侭には、随分と馴れているはずのマネージャー(アスラン)でさえ、溜息を付くような案件だ。ボディガートと言えばまず『筋肉』そして『男』。
 絶世の美女が、タイトスカートを翻して契約者を守るのは、どう考えても映画の中だけだ。
 
「そんな奴にジロジロ見られてたら、デートも出来やしないじゃないか、だったら、デートして遜色ない相手をつれて来い。」
 不機嫌そうに言い放ち、座っていたソファーから腰を上げる。
「俺は自分の身くらい自分で守れる。」
 ジロリと睨む視線は、まるで芝居の一幕であるかのように艶めいて、アスランは一瞬目を奪われた。彼に惚れ込みこの世界へと誘ったのは、マネージャーである自分。未だに、一番の崇拝者であることに変わりない。

「じゃあ、そういう事で。」
 ついと部屋を出ていこうとする彼に、はっと我に返ったアスランが叫ぶ。
「いけません! この間だって、楽屋に差し入れられたケーキが爆発したでしょう。貴方が開けていたら指が吹っ飛んでいましたよ!」
「…平気、平気。」
 駆け寄ってくるアスランを交わして、素早く廊下に逃走した。ボサボサの金髪、Tシャツにジーンズの男は、あっと言う間に遠ざかって行く。
「ピオニー!!!」
 しかし悲痛なアスランの叫びは、彼の心には届かなかったらしく、何事もなかったように軽い足取りで外への扉を潜り抜けた。

 ピオニー・マルクト

 有名な新進気鋭の舞台俳優。実績を問えば、一年先までチケットを完売させ、世界的にも高い評価を受けている。しかし一般に広く知れ渡っている訳ではない。こうして街を歩いても、誰ひとり彼を見咎めないという事実がそれを物語っている。
 何故なら彼はマスコミの前に一度も姿をあらわした事がなく、舞台での彼は完全に創られた別人。名前だけなら知られている…ピオニーはそういう類の人間だ。
 ボディガードなどと言う仰々しい者をつけられてしまうと、窮屈で仕方ない。ったく…と呟いて、心配性のマネージャーを思い浮かべた。
 
 きっと、あんなのただの悪戯だ。
 
 スクランブル交差点を駆け足で通りすぎようとしたピオニーの腕が掴まれる。驚いている間こそあったが、誘導されるままビルの隙間に連れ込まれた。
 ピオニーを壁に押し付けてた相手は、顔を見据えて盛大に溜息をつく。
「貴方は狙われていると伺いましたが、呑気にお散歩ですか?」
「なんだよ…お前。」
「これは、貴方ですね。」
 差しだされた写真を見て、ピオニーは眉を顰めた。そこに写っているのは、完全なメイクを施した舞台俳優である彼の姿。今の自分とは似ても似つかないはずだ。
 何故を問う前に、答えが返る。
「私はクライアントの顔を見間違えるほど、間抜けではありませんよ。」
 すと眼鏡を外した相手は、恐ろしい程に綺麗な顔立ちをしていた。白い肌、紅い瞳、腰まで伸びる栗色の髪。
 舞台に居並ぶ美女ですら、分が悪いと感じさせる美貌の持ち主。

「グランコクマから派遣されました。ジェイド・カーティスと申します。今日から貴方のボディガートになりますので、よろしくお願いしますね。」
 にこりと笑う顔にも華がある。長身で細いシルエットは、均衡のとれたマネキンのような完成度だ。

 頭が良くて、別嬪で、スタイルが良い。確かに、条件には合っている。けれど…。

「…男じゃねえか…。」
 キモイと言う形容詞をつけて、ピオニーは沈黙した。


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