私からすべてが始まった、私ですべてを終わらせよう


※これはパラレルの悪の譜術師×陛下です。気持ちR18ですので注意


「苦しいですか?」

 馴らしもされずに突っ込まれりゃぁ、男女の区別も無く辛いに決まってる。
恐らく恨みがましい表情になったのだろう。
 男は嗤った。
「臓器全てが壊死する毒薬を飲まされて…一週間苦しんだ挙げ句に死んだものもいましたよ。酷い話だ。おまけにその毒は脳は犯さないそうですよ。死ぬまで意識ははっきりしていて、どんな激痛でどれだけ苦しかったでしょうね?」
 にこりと、綺麗な貌は微笑んだ。酷く残酷で、それ故か凄惨なまでに美しい。
「今の貴方の苦しみなど、比にならないでしょう。」
 相手は情け容赦などする気は、欠片もなくて。それはわかってはいた事だったが、改めて胸中に恐怖を呼び起こす。
「そして、遺体は海に投げ捨てたんですよ。」
「…すま…なかっ…。」
 どんな言葉も決して相手に届く事はないと感じた。それでも、謝罪の言葉が口をついて出た。


 此処は一体何処なんだろうか。
痛みに犯された神経が、絹糸のように揺れる亜麻色の波を綺麗だと告げていた。
ゆらりゆらりとただ揺れているその糸に指を伸ばすと、指先に絡まる。
 波。
 窓枠も外れ、廃墟と呼ぶに相応しい佇まいの窓から輝く波が見えた。そうだ、此処は昔の城、それも百年以上も前の城跡だ。自分の爺さんのそのまた爺さんの…と数えた程の先祖が住んでいた場所ではないのだろうか。
 漆黒の闇が幕を引いているから、周囲を見渡す事など出来はしない。そうでなくても、正常な性行為などでは使用されない部分が酷使されている事もあり、ただ激痛のみが身体を苛んでいる。やりようによっては、快楽を得ることも出来るらしいが、今自分を組み敷いて行為を強制している男は、そんな事をしてくれそうもない。
 さっきの会話が示す通り、これはただの拷問だ。
それすらも楽しめればいいのだけれど、生憎とそういう趣味はない。

「陛下。何か考える余裕がおありのようですね。」
 
 綺麗な、こうして歪んだ視界の中にあってさえも、恐ろしい程に整った顔が見下ろしていた。顔を僅かに上げる度、暗闇の中から緋石の輝きが浮かび上がる。
 
「よ、ぼうとしたが、名前を知らないと思った…だけだ。」
 身じろぎするだけで、身体中が悲鳴を上げる。痛めつけられている場所は、どうやら一ヶ所ではないようで、油の切れた機械のようにギシギシと身体中から音が聞こえてくるようだとピオニーは思う。
「…命乞いでも?」
 薄い唇の端が、綺麗な弧を描いて上がる。女ならば、そして自分がこの男を組み敷いているのなら、絶対に視線を奪われるような美しさだ。けれど、凝視ししていられる余裕など欠片もない。
 意識が飛びそうになるのを、必死にたぐり寄せるので精一杯だ。
「そう…だな…。」
 脂汗が、額を流れ落ちる。眼を開けると痛みとなって視界を覆った。
「俺の…大事な国民に、手を出さないでくれ…。」
「嫌ですよ。」
 冷淡な返答は、本来熱を帯びる行為をしている今も変わらない。
「…たの…む。」
「誰もがそう懇願したでしょう。助けてくれとね。それを、貴方がた皇族はどうしましたか? 随分と虫が良い頼みです。」
 わかっている。
 それでも、もう自分には懇願する事しか出来ないのだ。この悪の譜術師と呼ばれる男の僅かな情けに縋って、許しを請う以外に方法は見つからない。
「俺は…ど、なってもいいから。……頼…む」
 ぎゅっと相手の肩口を掴んだ、振り払われるのは覚悟の上だったが、それは行われなかった。一瞬、笑みを称えていた美貌が歪んだ気がして、しかしそれがやけに綺麗で、引き込まれるように意識が飛んだ。









 昔々のお伽噺。

 都に悪い譜術師が住んでいた。その力は悪魔のように強く、そしてあろう事か神の如く賢かった。
 なので、その力を使い都を荒らして回った譜術師の余りの横暴ぶりに困り果てた皇帝は、教会に懇願して封印を施して貰う。力を尽くして譜術師を諫めた教会は、皇帝にこう告げた。
『我々に出来るのは、譜術師の力を弱めて封印すること。彼は長い時間の中で封印を解き、再び貴方の元へ蘇ることでしょう。』
 そして、悪の譜術師は自らの力が蘇るのを虎視眈々と待っているのだ。

 言いつけを聞かない幼い子供の達を脅しつける為に、親達はそんなお伽噺を口にする。そんなに言う事を聞かないのならば、悪の譜術師のところへ置いてきてしまうぞ…とか、お前を譜術で燃やしてしまうぞ。などどいう言葉で伝えられる。
 戒めの為のお伽噺。
そうお伽噺だと思っていたさ。ピオニーは、白々とした視界の中で、うかうかと思想に囚われた。

 あの男が現れるその時までは。

 亜麻色の髪を長く貯えた、美貌の譜術師。
その男は、城の警護などものともせずに王宮に入り込んできた。どんな防御も役に立たず、あらゆる攻撃は、その美貌に傷ひとつ付けることが叶わなかった。
 譜術によって焼けただれうち砕かれた壁と、倒れた兵士の身体を踏み越えながらその男は、謁見の間に姿を見せた。背に纏われた紅いマントが何処か芝居じみている。
温度のない紅い瞳が王座にいたピオニーにひたと向けられ、そうして初めて、ピオニーはその男が眼鏡を掛けていることに気が付いた。
 これだけの力を持ちながら、弱視なのかと不思議に思う。禍々しいと物語の中で記されていた赤は思いのほか靜で、澄んだ色をしていた。
 お逃げ下さいと叫び、自分と譜術師の間に割って入った忠義な兵士は、悉く壁にめり込んでいて、足音もなく近付いてくる男をピオニーはただ見つめた。
 
「お前…何者だ?」
「悪の譜術師ですよ。お伽噺の…聞いた事はありませんか?」
 腕を組み、手袋に覆われた指先が眼鏡を押し上げる。薄く整った唇が優雅な弧を描いた。
「お伽噺でなら…な。あれは、お前の事なのか?」
「恐らくそうでしょう? モデル料でも主張した方が良いですかね。」
 男の言葉に、ピオニー目を瞬かせた。面白い事をいう男だ。きっと、とびきり頭が良い男に違いない。そうだ、神のごとく…賢いと語られていたじゃないか。
「…その、譜術師殿が何の用だ。」
「滅ぼして…やろうと思っていたんですよ。」
 クスと、男は目を細める。ペロリと舌なめずりをする淫猥な仕草から目が離せない。それでも、会話の内容は聞き捨てに出来るものではなく、ピオニーは眉間に深く皺を寄せる。
「この国…をか。」
「まぁ、そうですね。でも、少しガッカリしました。随分と、矮小な国になったんですね。」
「元々マルクトは帝国で、小さな国の寄せ集めだったんだ。それに、俺が相続した時点では既に領土は今と同じだ。俺に文句を言われても困る。」
 その美貌を睨み付けて言い放つと、紅い目が大きく見開かれる。
「…随分と面白い皇帝陛下なんですね、貴方は。」
 ぐいと腕を取られる。その細い腕のどこにそれほどの力があるのかと思うほどの力で、男の側に引き寄せられた。
 近くで見れば、これ以上ないほどの美形だという事がわかる。状況をピオニーの頭から一瞬すっとばすほどの魅力が貌にはあった。
 しかし、その唇から出た言葉は少しも甘美なものはなく、呪詛の言葉のようにピオニーの耳には届いた。
「気が変わりました。こんな国など、直ぐに滅ぼせます。まずは、貴方を壊してみたい。」
 



 湖面はキラキラと朝陽を反射していた。
気絶こそしなかったが身体を酷使されたことは確かで、疲労の為にいつの間に眠ってしまっていたようだった。
 身体中は痛い。まぁ当然だが、尻も痛い。けれど…
 
 温暖な気候で良かったよ。

 グシャグシャになった髪をなんとか掻き上げて、自分の姿を見た途端溜息が出た。
そのまま放置の状態で、辛うじて引っ掛かってる服を引っ張り上げて、形を保っていた衣服を探す。
 広げて見れば、引き裂かれたものも多く、結んで繋いで身体に巻きつけた。
衣服が足りたので、取りあえずその場に座り込む。靴の類は発見出来なかったので、廃墟の中を歩き回るのは裸足では不便だったからだ。
 
 命があるのは、まぁ確信していたので疑問はなかった。あの譜術師は、自分を壊すと言っていた。殺して死体をバラバラにするのだって所謂(壊す)のかもしれないけれど、恐らくそれはないだろうと確信していた。早く楽にしてくれる気など、最初から無いのだろう。
 苦しみ抜いて死んでいった誰かの代わりに、自分を嬲るつもりなのはわかっている。当たり前に湧いた恐怖の感情は、仕方ないと押し留めた。何百年も積み重ねられた憎悪を自分がどうこう出来るとは思えない。
 せいぜい頑張って、国民が被るべき厄災の執行時間を遅らせる事くらいは出来るだろう。良く出来た部下達もいるから、その前に民達を安全な場所に避難させてくれるといいのだけれど。
 そこまで考えて、自分の思考の可笑しさに笑いが出た。
我が身の安全よりも、気になる事が随分とあると気付いたのだ。ひとつは国民。そして、もうひとつは此処にはいない譜術師殿のことだ。

 頼むと言った時の辛そうに歪んだ男の顔が、胸に痛みを与える。
 自分にとって、永遠に等しい時間をあの憎悪と共に歪んだ表情で生きてきたのかと思うと、ただ悲しかった。


content/ next