aftershock


 自分の背後に滑り降りてきたピオニーに、ジェイドは笑みを浮かべた。
「随分と無茶をされますね。」
「お前こそ!サフィールと二人きりでどうするつもりだった!」
 ジェイドは槍を構え、ピオニーはクルリと掌で滑らせると両手にダガーを構える。背中合わせに立ち、にやりと笑う二人に迷いはない。
「…詠唱の時間を稼いでください。一気に片付けます。」
 囁かれた言葉を受けて、二人は立ち位置をすり替えた。相手が囲む真正面にピオニーが、崖側にジェイドが立つ。紡がれる言葉が、譜陣を描いていく。
「期待してくれていいぜ。」
 弾むような声を聞きながら、何の邪魔が入ることもなくジェイドは惑星譜術を完成させた。



「一体何をやっていたんですか?」
 呆れた声色のディストを見やってピオニーは笑う。
「何というか…盗賊か?」
 問いかける様に漆黒の翼の方を見ると、彼等は笑って頷いた。
「皇帝のくせに人の名前まで騙って、貴方は…私達がどれだけ…!!!」
 ディストの肩に手を回し、顔面に自分のものをぐっと近付ける。
「心配してくれたのか?」
 嬉しそうに問われて、ディストはぷいと横を向く。顔を真っ赤にして誰が貴方なんかと叫ぶ。
「だいたい、ベッドの血はなんだったんです!」
「あれはヨークのだ。騎士団の奴らに追われたあいつが貴賓室の隠し扉から出て来たんだ。此処であっさりと衛兵を呼ぶ俺じゃあないだろ。」
「呼びなさい! だいたい、貴方には自覚というものがあるんですか!!」
 二人の会話を聞き流し事情を把握しながら、ジェイドは罪人の引き渡しに追われている。アニスも忙しく、教団本部と火山を行き来していた。
 引き渡されたもの達を尋問し、ローレライ教団は更に揺れるだろう。しかし、これであらかたの膿も出しきったに違いない。

 ジェイドはふうと息を吐く。疲労感が強く、そう言えばここ数日の間、殆ど休みを、睡眠すらもとっていなかったことに改めて気付いた。
 そんなにも心配だったのかと思うと、ほんの僅かだが戸惑う。ディストと楽しげに会話をするピオニーを視線に捕らえながら苦笑する。
 だが、警戒を一瞬怠った。
「此処まで邪魔をするか!死霊使い!」
 短剣を構えた預言士が自分の懐に飛び込んでくるのに対処が遅れた。叫び声と伸ばされる手。
「ジェイド!」

 地に伏す自分の上に身体を抱き締めるように覆い被さる影。
 これでは、まるで…!

場所が違うだけ。ここで彼の命は尽きるとでも!?

 驚愕に見開いたままのジェイドの瞳に、ピオニーの肩越し、あり得ない影が写る。地鳴りがするほどの衝撃音とともに、巨大ピオニー人形が相手を押しつぶしていた。
「あ、私が作った奴…。」
 ディストが呟くのが聞こえて、力が抜けた。
 トクナガと同じ能力がついていたんですかあの人形は…。一度それを差しだされていたジェイドは額に手を当てて溜息をついた。
 一体なんの意味が…いえ、陛下が無事なのは大変に結構なんですが…。
「は、はは、すげえな。サフィール。」
なんで、貴方が持っているんですか!!とディストが叫ぶのを受けて、『そこで拾ったんだ』とピオニーは答える。そしてジェイドに屈託のない微笑みが向けられた。
「な!すげえ。」


 軽い目眩を感じて視線を逸らすと、傍らに蒼い髪飾りが落ちていた。ポケットから零れたんですね…そう思うと同時に一瞬遠ざかる意識。
 あの夢の感覚だと気付いた時には、眼前の風景は変わっていた。



 自分は地に伏していた。
自らが培養した疫に、殺される場なのだろう。朦朧とした意識で何かを掴んでいる。ああ、これはあの男の髪飾り。
 何もかも捨てたはずの自分が、たったひとつ持ち得たもの。
 視界を奪う黒が全てを覆い尽くこんな場面でさえ、その青は少しもくすんではいない。その色が目に痛み、涙が流れた。



  「ジェイド…?。」
 呼び声。自分に向けられる顔。
 夢の中で、大切なものを守れたと満足して安堵の色を瞳に乗せて逝ってしまう男の血塗れの影が揺れる。ジェイドは掴んでいた腕に力を込めた。
「…なんて…馬鹿な………よかっ…。」
   ジェイドの声が震えていた気がして、ピオニーは耳を疑った。顔を覗き込もうとしたタイミングで腕を引かれ、唇が相手のものと触れる。
「ジェ…!?」
 頬を染めて慌てる皇帝の耳元で、ジェイドは囁く。
「とりあえず、帰ったら色々とお仕置きですよ。ピオニー。」
「げっ!!」
 腕の中で暴れる金髪を抱き込んで、弛みかけた目元を誰にも見られないよう隠し、ジェイドはやっと安堵の溜息を付いた。



〜epilogue

「そんな夢をみたのか…。」
「夢だったんでしょうか?それにしては、やけに生々しいものでしたが。」
 ふうん。  そう言いいながら、ピオニーはジェイドの髪を玩ぶ。器用に三つ編みをするとぶうさぎの尻尾と笑った。
 ジェイドは悪戯な両手を自分のもので押さえてめっと嗤う。
「じゃあ、もしもそれが預言の通りの世界だったとして、何でそんなもんが見えたんだ? あいつらの言う預言が戻ろうとしていたって事なのかな?」
「さぁ。たかだか夢ですし、なんの根拠もありませんから、結論は出ません。そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。」
 ジェイドはそうそうと思い出したように、ピオニーから手をどけると彼の髪飾りを差し出した。
「ああ、すまん。」
 受け取ろうとした手を退けて、ジェイドは口元を緩めた。
「付けて差し上げますよ。大切なものでしょうに、惜しげもなく置いて行かれましたね。」
 ジェイドに髪を委ねながら、ピオニーはくすぐったそうに笑った。
「気付いてくれると思ったからな。」

預言なんかじゃなくってさ…
そう小さく呟いてから

「未来永劫…俺はお前を信じてる。」

〜fin




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