aftershock


 ジェイドの言葉を聞いた途端、教団にどよめきが起こった。
 しかし、彼が意に介するはずもない。眼鏡を指で押さえながら周囲を見返した。
 冷淡な笑みを浮かべて、なんの不満があるのかと赤い瞳で問うている。
「いや、しかし、それは…余りにも乱暴な…。」
 そう言って口ごもる元預言師達や教団の上層部達。
「…皇帝の…。ピオニー陛下のご意向は…。」
「私に一任していただいております。こちらで少々不備があったようで、ご立腹でお帰りになったようですが?」
 切って捨てるかのような言葉尻。
「それでも、ご不興の方がいらっしゃるのならお名前を伺わせて頂けましたら、陛下にご意見いたしますが?」
 そう言うと、声は消えた。
 事情を知っている一部の人間以外には、皇帝は緊急でグランコクマに帰国したことになっていた。これに否を唱えるものがいるとするのなら、その人物こそが、皇帝を拉致した相手という状況だ。

「では、もう一度説明させて頂きますが、くれぐれも時間がありません。そこの部分を充分理解して頂きたい。」

 そう言い放ち、ジェイドは周囲を見回した。今度は不満の声は上がらない。

さて…ジェイドは胸の内でほくそ笑んだ。とびっきりの罠を仕掛けて差し上げますよ。

「こちらの教団には、様々な隠し通路があり、そこに盗賊の類が住み着いてお困りとのこと。こちらは、その対策として『炎の種』をお持ちしました。
 これをザレッホ火山に投入して、通路すべてを焼き払います。教団本部への被害は出ないように計算してありますし、前大詠師殿の遺産も既に必要ないでしょう。後、二時間後に投入しますので、くれぐれも隠し扉の内部にはお入りにならないようお願い致します。」


 バタバタと慌ただしく行き交う騎士団の姿を斜めに見ながら、ジェイドは教団本部を離れ、再び港へと足を運んだ。名目上は、最悪の場合脱出用の船を手配する為だったのだが、実際のところは、自分が教団にいては動きづらいでしょうから…という心遣い(?)だった。
 内部の動きは、アニス達数名がつぶさに観察する手筈になっており、これで組織の動きも把握出来る。教団から預言派の払拭も可能になる。
 これで少しは、敬愛する皇帝の『世界を継続させる義務』とやらも果たせるでしょうとジェイドは額に手を当てて、やれやれと溜息を付く。
 そもそも私の仕事は皇帝を守る事で、こんな事をする筈ではないでしょう。
加えて、遺体の処理をさせるとは全く何を考えているのやら。どうせ、あの男の事ですから自分で私に死を教えるなどとふざけた事を思っているに違いありませんね。
『…というか、死んでどうするんですか。』
 再度の溜息は、周囲の人の関心を集めるほどに深かった。
 ああもう本当に、あの馬鹿は権力を握る者としての第一条件が決定的に欠けている事に、どうして誰も気付かないのでしょう。
 臆病で、小賢しいまでの用心深さが自らの命とその政治生命を延ばしてくれると歴史が証明しているというのに。賢帝などと言う言葉は溝に捨ててしまった方がマシだですねなどと考え、苦笑した。
 そんな男に出し抜かれて、こうして苦労しているのではないか。

『考えるのは止めましょう。頭痛がします。』ジェイドはそう思い直すと、事務的な行動と思考に切り替えた。1つ、2つ気になった事柄を調べ上げ、それについて考えを纏めていると声がした。

「ジェイド・カーティス大佐。」
 そう呼ばれるが、立ち止まる理由も見当たらなかったのでそのまま歩き続ける。その人物が一瞬唖然とした顔をしてから、慌てたように追いかけてきた。
  「死神ディストをご存じですな?」
「誰ですか、それは?」
 にっこり笑って振り返り、そう返事をすると、不機嫌な顔でジェイドを睨む。その年寄りの顔と服装はローレライ教団で見覚えがある人物。なかなか高位の人間だ。
咎めるように、低い声色で名を呼ぶ。
「ジェイド・カーティス大佐。」
「ああ、失礼。ほんの冗談です。」
 その言葉に、相手は皺が増すほど苦い顔をした。
「身柄をマルクトで預かっているサフィール・ワイヨン・ネイス博士の事でしょうか?」
 自分に対して、ここまで喰いさがらなければならないのは大変でしょうとジェイドは腹でくつりと嗤う。
「こちらへ来ていらっしゃるとは知りませんでした。それが何か?」
「皇帝は行方不明だ。自分はマルクト皇帝の本当の居場所をご存じだと騒がれて、こちらで身柄を預かっております。ご同行…。」

 報告に来ず、姿を見せないと思ったら、そういう事ですか。 コトリと胸内で呟き、ジェイドは困った表情を作って見せた。
「それはそれは大変ですね。しかし、彼はマルクトの牢獄で服役しております。こんな往来を大手を振って歩くなど考えられませんね。きっと、彼の名を語った偽物に違いありません。」  やれやれと首を振って、ジェイドは遺憾を表現する。 「嘆かわしいものですね。しかし、マルクトにも関係ない者のようですし、私も多忙ですので、失礼させて頂きます。」

 言いたいことだけを告げ、自分の言葉を最後まで聞く事もせずに踵を返して歩き出したジェイドに、相手は再び声を掛けることすら失念していたようだった。
 茫然と立ち尽くしている相手に、数歩先に進んでから、ああと思い出したようにジェイドは振り返る。

「でも教団本部にお戻りになられるのでしたらご一緒させていただけますか?往復で歩きは、疲れるものですから?」


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