aftershock


 足音が止まると、それが合図のようにピオニーの目を開けた。気怠そうに、上半身を起こし、訪問者の顔を眺める。
「悪いわね。こんな小汚いところで。」
 囁くように抑えられた声色の相手は女。ピオニーは髪を掻き上げながら、笑う。
「これでも、軟禁生活は慣れてるんでね。」
 安造のベッドの上で、大きく伸びをするとベッドの足が軋む大きな音がした。しかし、ピオニーは、気にする事もなくその上に胡座をかく。
 口元には緩い笑みを浮かべたまま、向かい合って立っている人物を見上げた。
「あいつらは何を考えてるんだ?」
 そうね〜と、色のある声を上げて、くくっと笑う。
「預言は絶対で、覆された今でも元に戻ると信じてるみたいね。」
「戻る?…ああ、地震が起こった後で揺り返しがくるようなものだとでも考えいるのか…。それにしたところで、破滅の預言だぞ?そんなものを本気で望んでいるのか…?」
「上の連中が考える事は、私にはわからないわね。最もわかりたいとも思わないけど。」
 ふんと鼻を鳴らすとピオニーは女から目を離し、しばらくの間壁を睨んでいた。
「…盲信してる連中ほどやっかいな奴らはいないからな…。」
 ポツリと呟く。
「何をしても良いと思ってやがる。」
 真摯な横顔に思わず見惚れそうになって、女は自嘲の笑みを浮かべて話題を変えた。やはり何処にいても、彼は『皇帝陛下』なのだろう。瑠璃も玻璃も照らせば光るとはよく言ったものだ。
「…怖〜い眼鏡の旦那が来たようよ。」
 はっとピオニーの表情が変わり、女の方を向く。大きく揺れた金髪には、彼がいつも付けている髪飾りは無い。見据えるような眼差しが女に向けられた。
「…あれは、手強いぞ…。」
「望むところ?」
 不敵な笑みを浮かべるピオニーに女も艶のある笑みを浮かべた。



 地面に激突する音がして、ジェイドは後ろを振り返る。
 貴賓室で、見つけた3つ目抜け道だった。先の二つは、ある程度進むと行き止まりになっていたが、今度の道は長かった。普通に建物内の廊下に見えたそれが、今石畳になっている。その整然と並べられた石の上にディストが顔面から突っ伏しているのが視界に入ると、何も言わずに進行方向へと向き直った。
「大丈夫ですか位、言ってくれてもいいでしょう!!」
 勢い良く起きあがると、ジェイドに喰ってかかる。
「その様子なら平気でしょう。」
 今度は振り返りもせずにそう言うと、しかし、はっとディストの足元を凝視した。
何もないところでスッ転ぶのは、幼少時代からありきたりの出来事だったが、今、ディストの足首には細い糸が残っていた。
『罠ですか?』
 それは、この道が当たりであることを示していたが、耳を澄まして、気を探ってみても何かがしかけられている様子は伺えなかった。
 そして先に進もうとしたジェイドの前に二つの人影があるのを認めて、足を止めた。
明らかに教団のものではない服装をした男達。盗賊の類でしょうか?
それとも、そうカモフラージュした過激派か…。
彼等はジェイド達の姿を見ても驚く様子すらなく、自分達を見返している。おそらく見張りなのでしょうね。…ジェイドは思う。
 先程、下僕の躓いた糸に寄って侵入者を見定める役割を担っている者達。もし、彼等の手に陛下が落ちているのだとしたら、これは絶好の機会になる。
「な、なんですか!?おまえらは!!!!」
 背中で下僕が叫ぶと、二人の男はニヤリと笑った。クルリと踵を返し、抜け道の奥に向かう。
「追います!」
「ええええ!?」
 背中で叫ぶディスとには目もくれず、ジェイドは彼等の後ろ姿を追った。最悪、生死を問わない状況でも、彼等を足止めするつもりだったが、それは甘い考えだった。
幾つも分かれていく道を彼等は巧みに利用していく。
ジェイドの武器は勿論届かず、譜術を演算するだけの隙も時間も与えてはくれない。
 訓練された兵士でも、此処までは行くまいとジェイドは唇を噛み締めた。
死霊使いと恐れられた自分が、こうも簡単にあしらわれるとは。
『こんな状況でなければ、彼等とその頭をマルクト軍にスカウトしたいくらいです。』
 気がつくと、自分が追っていた相手は一人になり、後ろにいたはずのディストの気配は完全に消えていた。
 一度だけ振り返ると、ジェイドは再び後ろは見なかった。



「流石に覚えていましたか?」
「ザレッホ火山まで行ってきました。」
 ほお。ジェイドは、粗末な宿のベッドに倒れこんだまま動かないディストを斜めに見ながら笑う。この宿は、逸れた場合の待ち合わせとして言い渡しておいた場所。
「それにしては早かったですね。通いなれた道だからですか?」
「違いますよ。」
「違わないでしょう?モースはあそこを根城にしていましたよ。」
「違います!」
 クルリと振り向いた顔は擦り傷だらけで、髪はボサボサ。時々鼻から出たり入ったりするものは幼き頃に見慣れたあれではないだろうか。
「騎士団にいた頃には全く使った事の無い道だらけでした!あんなに色々な道があったなんて誰も私に教えてくれませんでしたよ!」
 仲間外れですね。きー!!!と騒ぐディストに声を掛けたのは、腰に両手を当てた少女だった。
「そんな道誰も知らなかったわよ。」
「おや?アニスどうしましたか?」
「どうも、こうも。大佐に言われたとおり、抜け道のチェックをし直したら、うちの上層部に関わり合いのある場所に面白い程繋がってましたよ。」
 呆れた様にそう告げるとぴらっと手を振り、ジェイドに向かって声を顰める。
「ある方に、参考までにご意見を伺ったところ、預言の一部分に大変こだわっていらっしゃいましたね。ああ、もう馬鹿じゃないの?」
 証拠が見つかった人間を拘束したとアニスは言っているのだろう。しかし、恐らくそれは一握りの人間にすぎない。ジェイドは、眼鏡を指で押し上げながら、口角を上げた。
「玉座を最後の皇帝の血で汚し…の部分ですね。」
 コクリと頷く。
「だ、だから、ピオニーを!?じゃあ、あの血はやっぱり…!。」
「いいえ、陛下はまだご無事ですね。」
 ディストの叫びを遮るようにジェイドは、そう告げた。
「玉座を血で染める為には、今皇帝を殺すわけにはいかないでしょう?
 グランコクマに戻った頃には、血が凝固してしまいますよ。まして、献血をするわけではないのですから、少量の血を残して置いても意味は無いと考えられますから。」 「それだったら、あの男のレプリカを作っている可能性だってあるんじゃないですか?」
 ディストの言葉に、おおぅとアニスが反応する。
「死神でも、まともな意見を言うんだ!」
「どういう意味ですか、それは!それに、もうその呼び方は止めてください。」
「え〜アニスちゃんわかんない〜。」
 キーッと騒ぎかけた下僕の後ろ頭を小突いて、ジェイドはアニスに微笑み掛けた。
「ア〜ニス。駄目ですよ、これで遊んでは。」
「は〜い、大佐。」
 黒いハートマークが飛び交うような二人の会話にディストが恨みがましい視線を送る。ジェイドは緩い笑みを返した。
「陛下のレプリカは有り得えないと思います。
 ルークが作成された事で、預言が外れていったのだと彼等が知っているのなら、玉座を染めるのはオリジナルのものでなければならないと考えるでしょうし、そこでレプリカを作る意味もありません。
 オリジナルが死んで、レプリカが生き残っていたとしたら別の問題が生じる可能性は捨てがたいですからね。」
「知らなかったら…とかはないんですか?」
「考えにくいと思いますよ。上層部に関わり合いのある場所に面白い程繋がっているのでしょう?アニス。」
 ふむふむ。アニスは納得がいったように頷く。
「じゃあ、陛下は今のところ無事。イオン様のレプリカ達みたいに隠し部屋の何処かに監禁されているとして…どうやって探すんですか?
 全部の隠し通路を見つけたってものでもないんですよね。これが。」
 アニスは頬に指を当てて、小首を傾げて見せる。
「怪しい方々を尋問している暇もありませんね。時間が経てば、相手は陛下を連れてグランコクマに渡る事が可能になってしまいます。けれど、彼等は今、皇帝を殺す事が出来ない…ここを逆手にとりましょう。」
 顔を見合わせたディストとアニスに、ジェイドは怪しい笑みを浮かべた。
「ところで、アニス。私が辿り着いたのは、集落らしき焼け跡でしたが、あれが盗賊に焼き討ちにあった場所だったのでしょうか?」
「え?そうなんだ。でも多分そうだと思うよ。あんなとこにも繋がってたんだね。」
 ふむ…と額に手を当ててジェイドは何かを考えていたが、まあいいでしょうと、二人に向き直った。
「では…説明します。」そう言ってから、小声で呟いた。
「こんなことなら、ガイを連れてきても良かったですね。」



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