aftershock 「何ですか…それは。」 「相変わらず察しの悪い男ですね。」 馬鹿にしたような声ならまだしも、ジェイドは声色すら変わらない。ディストは自分の問いに彼が答える気すらない事を感じて、唇を噛み締めた。 「ジェイド!」 階段を登りきった踊り場で、ガイは彼を待っていたようだった。 「旦那、俺も行かせてくれ。」 「駄目です。貴方にはぶうさぎの世話があるはずです。」 無下もなく、視線すらも移さない。表情を険しくして、ガイはジェイドに掴みかかった。 「今はそんなこと…!」 「ああ、ガイ、この頭の悪い洟垂れに事情を説明してやって下さい。私は、他に準備がありますから。」 ガイの腕を叩き落とし、ジェイドはその場を立ち去る。後には、沈黙したままのディストとガイが残された。 「こんな時まで、俺は説明係かよ…。」 くそっと、口汚く罵ると、ガイはディストの方を向いた。 「どこから、話せばいいんだ…。」 ガイはそう呟いて頭を掻きながら、これまでの経緯を話し始めた。 預言派の残党との対話の為、ダアトへ赴いていたピオニーが行方不明になったという知らせが、極秘裏に入ってきたのが今朝、夜も明け切らぬ時間だった。 それを受けて、皇帝が残していた書状を元に、秘密裏に対策が取られたのが昼過ぎ、そして、ジェイド・カーティス大佐に任務が言い渡されたのは夕暮れ、つい先程の事だった。 遺言に近いその内容は、もしも、自分が死んでも暫くの間は、キムラスカ・ユリアシティと連携しその死を隠蔽し、しかるのちに発表すること。傀儡にされているのなら、その処理は同じくし、妨げになるようなら、自分の死体もしくはレプリカ等全て排除すること。 そして、文章はこう最後に括られていた。 『その任は、マルクト軍 ジェイド・カーティス大佐に一任する。』 それを受け取った時、ジェイドは中身を読んで直ぐ書状を譜術で焼き払った。 思わず咎めようとした、ゼーゼマンの言葉すら耳に入れる事なく部屋を出て行ったという。 「…陛下はその為に旦那を連れて行かなかったんだな…。」 ポツリと呟いたガイの顔を見ながら、ディストはその猫背気味の背を余計に曲げた。ふんと鼻を鳴らす。 「確かに、あの馬鹿のやりそうな事ですね。」 「お前…陛下を侮辱するなら、俺も黙っちゃいないぜ…。」 睨み返したガイの視線は、憮然としたディストの顔を写しだした。 「…昔話ですよ。子供が遊んでいると、一人の男がやってきてこういうんです。 一緒においで、良いところへ連れていってあげるよ。怖くなって逃げようとしても、腕を捕まれて逃げられない…そうしたら、あの馬鹿が来て言ったんです。お前が探しているは俺だろう、そいつは放してやれってね。」 ディストの告げているのは、ピオニーと自分との思いで話だと気付き、ガイは表情を緩めた。彼は自分に言い聞かせるように話しを続ける。 「…自分を殺しにきた相手だと知っていて、そんな馬鹿なことが出来るんですよ。あのノー天気陛下は…。」 暫くの沈黙。 このまま良い話に続くと思って聞いていたガイは、ディストの不気味な笑い声に後ずさる。 「なのに…一緒に助けにいった私を、あの陰険鬼畜眼鏡は、その男と一緒に譜術で焼いたんですよ。」 両手を上に上げ、キーッと叫ぶ。驚くガイに一瞥をくれて、ディストはジェイドの後を追いかけた。 「待ちなさいジェイド! ピオニーがいなくなったのなら、これで晴れて、二人だけの大親友です!仲良くしようではありませんか!!」 あっけに取られて見送ったガイは、ふっと溜息をつく。仕方ない…そう聞こえた。 「お帰りになった時に、ぶうさぎ達がやせ細ってたら悲しがるだろうからな。」 …それに、陛下のいなくなった旦那なんて、一体誰が制御出来るんだ。 完全に出し抜かれたのだ。 死霊使いと言われ、恐れられたこの自分が。 出向している僅かな時間にそれは、議会を通ってしまった。 異例などと言う生半可な時間では無い。それでいて、独断ではない手腕は、賢帝の名を欲しいままにしている彼に相応しかった。おまけに人心を把握することに於いては、相手の方が一枚上手。その事を条件から外していたのは、完全に自分の手落ちを突いている。 それでこそ陛下と、こんな場面でなければ言ってやりたい。 勿論、本人を目の前にして…だ。 あの金髪を掴んで顔を上げさせて、目を逸らすことなど出来ないように拘束して、笑みを浮かべながら告げてやりたい。 頭では、様々な思いが浮かんでは消えていくが、自分の次を妨げる事は無い。 本当ならば、もっと取り乱すものなのだろうか?。 大事な主君を失いそうになって、その後始末まで押し付けられている。自分を連れて行かなかった上に、これは何だと、詰め寄りたい相手は行方不明だ。 しかし、自分は冷静だ。一種奇妙に感じるほどに。 今、ジェイドは街外れへと向かっていた。 まず、アニスに連絡をとった。そして、彼女の手腕により、逸早く誰にも見咎められない方法でダアト入りの手はずを整えた。 時間は無い。ディストを迎えにいくでもなく、待ち合わせの場所へ向かう。 どうせ、追いかけてくるでしょうと思っていたジェイドの推測どおり、ディストは鼻水をたらしながら追いかけて来た。どうやって自分の行方がわかるのかは、幼い頃からの謎だ。 不満の言葉を喚き続けている下僕を、黙らせてから、ジェイドはダアトへ向かう。 あの、蒼い瞳が再び自分を写すのかどうか、確かめる為に。 薄暗い部屋。 無骨な男の指が、端正な顔をなぞるようにして、髪を掬う。さらりと、抵抗無く金糸は零れ落ちた。 『極上品』 男は、目の前の人間をそう評価した。 自分などが、滅多にお目に掛かることの出来ない類の人種。だが、閉じられた瞼では瞳の色を見ることは出来ない。透き通るような蒼い瞳。開くとそれが見れることを知っていた。 早く目が開け…男はそう思った。 content/ next |