aftershock 国を治めるものが告げるものとしてはいかがかと、首を傾げる言葉をさらりと口にする。ジェイドはやっと笑みを浮かべることに成功した。 「すべての仕事が大事…などと愚答を返すつもりは無いですね。けれど、ありますよ。貴方のお守りをするという大仕事が…。」 そう言うとピオニーの腰に手を伸ばす。彼の片足を椅子に座っている自分の腿に乗せて胸元までを引き寄せると、背中に手を回し抱きしめた。 ジェイドの頬に添えられていたピオニーの両手は、必然的に前に出て、彼の首に巻き付く。皇帝は自分よりも長い栗色の髪に頬を埋めた。 「なら、余計に身体は厭え。勅命だ。」 ピオニーはそう言ってしばらく髪に頬を寄せていたが、ふいに右手を伸ばした。机に散乱している書類を手にとると斜めに視線を走らせる。 「ダアトの過激派…か…。一度、向こうに赴かなければならないようだな。」 皇帝の言葉に、ジェイドはそれでも揺るかった脳の動きを一変させる。 失策だったと優秀な頭脳が告げる。先々の事を考えてみるに、皇帝に報告する事が不利益しか生まないと答えをはじき出していたのだ。 「何を馬鹿なことを…。」 「奴らは預言を廃した責任者を出せと言ってきているのだろう?。キムラスカは皇女との世代交代の真っ只中で無理だ。ユアリアシティの爺さんでは駄目だろうし、今なら、マルクトの政務は安定している。動けるのは俺しかいない。」 「今のダアトは危険きわまりない。貴方ほどの方がお分かりにならないとは言わせませんよ。」 「俺には責任がある。」 揺るがない声色。 「…あいつらが守ってくれた世界を継続させる責任がある。」 あいつら…それは、ルークであり、アッシュであり、フリングス少将の事。そして 戦禍で命を失った者達の総称。 『死んでくれ』とあっさり口にする心の裏側に、どれだけの想いを秘めているかを、察する事は出来ても感じる事は出来ない。それこそが、自分が幼き頃に『悪魔』と呼ばれた所以なのだろう。 しかし、これ以上彼に『それ』を考える余地を与える気にはなれなかった。 「ピオニー…。」 腕の中で身体が震える。襟足に唇を当てると、彼の吐息が甘く変わるのを感じた。名前を呼ぶのは、自分達の関係が主従から恋人へと移る暗黙の合図。 「…ずる…いぞ…。」 自分の思考がわかったのか、微かに抵抗する彼を快楽で押さえ込み、なんの事ですか、と嘯いてジェイドは緩い笑みを浮かべる。 「楽しませて差し上げますよ。」 その声とともに、ピオニーの手から書類がぱさりと床に落ちた。 しかし、その数週間後、皇帝自らダアトへ赴くという議案はあっけなく議会を通過してしまう。そして、ジェイドが感じていた危惧もまた現実へと姿を変えた。 カツカツと響く靴音は規則正しい。 それは、ある牢の前で止まる。 「ジェイド!?」 牢の中にいた、ディストはその格子を両手で掴んで自分見つめる幼なじみを睨み返した。 「貴方、こんなところで何をしているんですか!?」 それでも沈黙を保ち続けるジェイドにディストは言葉を吐いた。 「ピオニーが行方不明だというのに、貴方はこんなところで何をしているんです!」 ジェイドは、眼鏡を指で持ち上げる仕草をみせ、ディストを睨み返した。 「こんな囚人にまで知れわたっているなんて、我が軍の教育も地に落ちたものですね。」 淡々と語るジェイドの様子。しかし、ディストは本能的に目の前の男に苛立ちを直感する。静かなのでは無いのだ。そうやって、自分を制御しなければいられない程に彼は感情的になっている。 「…音機関は私の最も得意とするものです。盗聴などお手のものですよ。」 ひややかなジェイドの瞳。 「そうですか。しかし、知っているのなら好都合です。いちいち説明するのは面倒ですからね。私と一緒にダアトに来て頂きます。元神将の貴方なら、教団内部の事も多少は詳しいでしょうから。」 「嫌だと言ったら…。」 「殺します。」 鋭い一言はもちろん本気だ。情け容赦など、彼にあるはずもない。 「わかりました。…軍が整い次第ですか?」 「いいえ、貴方と私の二人きりですよ。」 ジェイドの言葉にディストは息を飲んだ。ジェイドは、兵にディストの牢を開けさせると、ディストの姿を確認することなく階段を上がり始める。 「それはどういう…。」 「陛下は、マルクトにいらっしゃる…そして、私と貴方も…そういう事です。」 content/ next |