…やがてそれが、オールドラントの死滅を招く事になる
ND2019、キムラスカ・ランバルディアの陣営はルグニカ平野を北上するだろう
軍は近隣の村を蹂躙し、要塞の都市を囲む
やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は玉座を最後の皇帝の血で汚し、
高々と勝利の雄叫びを上げるだろう
ND2022、要塞の街は堆く死体が積まれ、死臭と疫病に包まれる
ここで発生する病は新たな毒を生み、人々は悉く死に至るだろう
これこそがマルクトの最後なり
以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが

マルクトの病は勢いを増しやがて一人の男によって国内に持ち込まれるであろう


aftershock


 そこは、良く知る場所だった。
 普段見慣れた王座がある場所。
 いつもと違っていたのは、風景。幾つもの死体が無防備に打ち捨てられている。
 戦う自分の姿を神の視点から眺めていると、どうやら多勢に無勢。
殺られるとそう思った瞬間、自分の視点は自分に戻り、身体を抱き締めるように覆い被さる影。
 そうして、必ず守らなければならない人の背中は血に染まった。


 執務室に向かうジェイドに、ガイが声を掛ける。
挨拶を返し彼を見ると、ぶうさぎにブラッシングをしていた。これは、ルークだろうか?手さばきも鮮やかで、手際も良い。彼が貴族だと聞けば驚く人も多いだろう。
 使用人生活が長かったせいか、自宅の掃除まで自分でこなしているらしいと聞いた。長年の習慣というものは恐ろしいものだ。椅子にふんぞり返って命令を下す…という生活は、彼には思いつくことさえないようだった。
「旦那、顔色が悪いぜ?」
「そうですか?変わりませんがね。」
 ジェイドは、眼鏡を指で押し上げる仕草を見せながら淡々と返事をすると苦笑される。
「あのなぁ旦那。これでも一緒に旅をした仲なんだから、それくらいの見分けは付くんだぜ?」
「体調は悪くありませんよ。嫌な夢を見ただけです。」 
 そう告げられて大きく見開いたガイの瞳が、かの人と同じ蒼を写していた事で、ジェイドは話してしまった事を後悔する。
 思い出してしまった。
蹂躙された彼が、最後に見せた瞳を。
ガイよりも色素の薄い蒼は穏やかな色を浮かべて自分を見つめていた。

「…旦那?」
 怪訝な声で話し掛けられ、現実へと思考を返す。
「やっぱり、おかしいよ。そんなに嫌な夢だったのか?」
「夢は夢ですが、気分を害するといった効果は充分に得られるようですね。」 この、良く言えば沈着冷静、悪く言えば冷血漢の男を左右する夢にガイは不審を抱いたが、まともに問いただしたところで答えは返ってこないだろうと思えた。
彼が唯一相手をするのは、この国の皇帝と別の意味で相手をするディストだけだ。
 そして、ふと気付く。
「旦那…その夢って。」
 …と続く言葉はそこで途切れる。ガイの後ろからちょろりと姿を見せた子ぶうさぎは、きょろきょろと辺りを見回したかと思うと一気に庭を駆け抜けた。
「あ!?こらナタリア!!」
 その名を貰った人物の性格まで受け継いだのか、彼女(?)は向こう見ずにも走り去っていく。ガイはブラシと話掛けのジェイドを置いたまま、慌ててぶうさぎを追いかけてた。
「おやおや。」
 ジェイドは、腕を組みながら眼鏡を指で押し上げる仕草でそれを見送る。
足元にはルークが残されていた。逃げるでもなくその場でじっとしている。
「貴方は本当に大人しいですね。」
 一度、全てのぶうさぎが脱走を計った時にも一匹だけ残っていたことを思い出しジェイドはくすりと笑う。しゃがみ込んで、頭を撫でてやると小さく鳴き声を上げた。

 同じ名前をした少年が消えてから、ピオニーがネフリーの次にこのぶうさぎを可愛がっていることをジェイドは知っていた。それが罪悪感からなのか、本当にあの少年が好きだったのかを問い詰めた事はないが、ジェイドにはどちらも正しい様に思えた。
 ピオニーは、表には決して出す事は無いが情深く繊細な人間だ。この世界の為に向かい帰って来ない少年は、彼の心に深く根付いているのだろう。

 とにかく、此処にルークを置いておくわけにはいかないでしょう…とジェイドは、ぶうさぎを抱き上げると彼等の住処に足を運ぶ事にした。
 そこは、陛下の自室の側に作られた部屋。あれからぶうさぎは家畜らしく着々と数を増やし、メイドと城の管理官を完全に切れさせたこともあって、皇帝の部屋から追い出されたのだ。皇帝の抗議は、メイド達のおねだりで封じ込められ、それ以来穏便な日々が続いている。
『よく、皆さん我慢したものですね〜』というジェイドの嫌味に、ぶすっくれた皇帝が蹴りを入れた事以外はなんの被害も出てはいなかったし、その仕返しは嫌というほど皇帝に返されている。


 家畜が飼われているとは思えないほどの立派な扉を開けると、いて当然なのだが、いては困る人物がじゃがみ込んでいた。
「陛下…。」
 数匹のぶうさぎと遊んでいたであろうピオニーはジェイドの顔を見ると笑みを浮かべる。
「お前がこんなところに来るなんて珍しいな。」
「そこで、この食材を拾ったもので。」
 ぶうさぎの前足部分を手で持ち上げてにっこり微笑むと、ピオニーが顔を歪めてジェイドの手からルークを奪い取った。
「可愛いルークになんてこといいやがる!」
 腕の中にしっかり抱き締めて、睨み返してからおや?と小首を傾げた。
「ガイラルディアは?」
「ナタリアを追いかけていきました。そんな事より、陛下。朝の執務はどうなさいました?」
「……少しは、した…。」
 子供の言い訳のような言葉を口にしてから、「だって、こいつらがいないと寂しいんだよ〜。」と付け加えてルークに頬ずりをしてみせた。しかし、横目でみたジェイドの目が笑ってはいないのがわかると無視を決め込んで、背中を向ける。 
 ジェイドは腕組をしたまま、しばらくその後ろ姿を眺めていたが、口角を上げた。
「陛っ下ぁ〜♪」
 不気味なほど弾んだ声で呼ばれて、ピオニーが不承不承振り返るとそのまま顎を捉えられて唇を重ねられた。



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